出会いあれば別れあり
「いい別れ方」という言葉を耳にしますが、本当にそんなことが可能なのでしょうか。誰も傷つかずに終わる関係はあるのでしょうか。別れてすぐ友達に戻れるか?戻れません。それは建前です。別れてすぐ後に残るものは平和な新しい関係などではなく、喪失感とわだかまりです。今回は、レズビアンの未練についてのお話です。
未練と嫉妬が渦巻くビアンイベント
数年前のビアンイベントでの出来事です。クラブイベントでした。わたしはお酒を飲みながら、ダンスフロアの壁に寄りかかり、女の子たちがフロアの中央で楽しそうに踊っているのを眺めていました。すると人混みの中に、ある女性を見つけました。大きな目に高めの鼻、小さな顎。横顔がとても綺麗な人でした。その横顔を、わたしは以前何度か見たことがありました。ビアンが集まるバーの常連、カナ(仮名)。カナの姿を見つけた時、「来てよかった」とわたしは思いました。
カナは友達と一緒でした。(わたしもあの輪の中に入りたい)と密かに願いました。壁にもたれたまま、わたしは彼女に話しかける機会を窺っていました。はやりのEDMを何曲か聞き流したところで、ふと違和感のようなものを感じました。
人が入れ替わり立ち替わり移動していく中で、ずっとカナの後ろで踊っている女性がいました。不規則に動くヘッドライトを目で追って、その人物の顔を確認し、わたしはハッとしました。彼女は、カナの元恋人のシオリ(仮名)でした。シオリはカナの右後ろ辺りで、友達と一緒に踊っていました。
その数か月前、2人は別れました。理由は分かりませんが、カナの方から別れを切り出したそうです。それから一度ヨリを戻したけれど、結局長くは続かなかった、と噂で聞きました。
(シオリはきっとカナに会いたくて今日ここへ来たんじゃないかなぁ…。でなきゃ、わざわざ別れた相手の近くで踊る理由なんてない)
友達と楽しそうに踊るシオリが、時々カナの背中に悲しい視線を送っているように見えました。
(カナはシオリに気付いているんだろうか?)
シオリの悲しげな表情に気をとられていたわたしは、もう1人カナを見つめていた人物がいたことに気が付きませんでした。
「あれ、ミサキじゃない?」
隣にいた2人組の会話が耳に入りました。わたしも知っている、その人物の姿を探しました。
カナが楽しそうに踊っている。
その右後ろではシオリが友達と踊りながら、カナの背中を見つめている。
そのすぐ横、に。
カナのかつての恋人、ミサキはいました。
カナの右後ろにシオリ、左後ろにミサキ。
元カノ同士の2人は、それぞれの友達と一緒に踊り続け、カナに話しかける様子はありませんでした。けれど、2人ともカナのそばから離れようとはしませんでした。カナが振り返って、自分たちどちらかに声をかけてくれるのを待っているかのように。
横から、また会話が聞こえてきました。
「あれ、やばいね」
「カナの元カノじゃん。2人とも」
「あんなすぐ後ろで踊るなんて…絶対わざとだよね」
「必死だね(笑)」
あーあ、とわたしは思いました。
(ここに立っていても、わたしがカナに話しかける隙はない)
わたしはクラブの外に出て、煙草に火をつけました。煙をめいっぱい肺に溜め込んだ時、なぜかとても侘しい気持ちになりました。煙を空に向かって吐き出し、まだ巻紙の残った煙草を乱暴に灰皿へ捨てました。
ダンスフロアに戻ると、カナの姿はありませんでした。あの綺麗な横顔を思い出しながら、カナの姿を追いかけました。
(友達と帰ったのかな、それとも…)
仕方なく、ダンスフロアの隅で彼女が戻ってくるのを待っていました。なんとなく、彼女はもう戻ってこない気がしました。ただやりきれず、ここにいたいと思いました。フロアにはシオリとミサキも残っていて、それぞれ離れたところから踊る女の子たちを眺めていました。
彼女たちが誰の姿を探しているのか、わたしには痛いほど分かりました。
もう触れることも、言葉を交わすこともできない相手を求めて。
一番近く、遠い場所から、黙って叫んでいたのでしょうか。
「わたしのところへ戻ってきて」 と。
あとがき
女は執念深い生き物です。一度手に入れたものを手放す時、何らかのかたちで「未練」が残ります。
部屋の片づけをしていてお揃いのカップが見つかったら。バーで別れた恋人によく似た人を見かけたら。街を歩いていたら、恋人が使っていたのと同じ香水の香りがしたら。
「会いたい」と思ってしまうのでしょうか。
わたしは、恋に傷ついた人をたくさん見てきました。
失恋し仕事や勉強が手につかなくなってしまった人。何も食べられず、眠れなくなってしまった人。自分を傷つけてしまう人。恋人をただ責め続ける人。
立ち直るまでの一種の儀式のようなものなのかもしれません。前に進むためなら、それも仕方のないことでしょう。
ただあの日、女の執念のようなものを垣間見て、自分も同じように『女』になっていくのかと怖くなったのでした。
つづく