<前回の記事>
第一回「服薬の最新情報とウイルス検出限界以下とは?」
第二回 「ウィルス検出限界以下は感染源にはなりえない」
インターネットで検索すると、HIV陽性の方の体験記などのブログがたくさんヒットします。しかし、書かれていることや治療の実態などは本当に様々で、どれが事実なのか頭を悩ましてしまう方も少なくないでしょう。
そこで、HIV陽性と判明してから受ける治療の今とこれからについての最新情報を、ぷれいす東京代表の生島嗣さんに伺ってまいります。
第三回は、「曝露前予防(PrEP・プレップ)の日本での可能性とは?」です。
※ぷれいす東京
「自分らしく生きることを応援します」をモットーに、HIV/エイズや性感染症、セクシュアルヘルスをテーマに、市民一人一人が自分らしく生きられるような地域の環境づくりに取り組む特定非営利活動法人。
PEP(ペップ)とは、リスクを感じたら即投薬開始すること
いたる(以下”い”):最近耳にする機会が増えてきたPrEP(プレップ)、PEP(ペップ)とはどういうものなのか教えていただけますか?
生島(以下”生”):まずはPEP(ペップ)から。これは曝露後予防内服(Post-Exposure Prophylaxis)と言います。基本的には医療従事者が患者さんの採血をしている時に針を誤って自分に刺してしまった時に行う、感染予防と同じような治療をします。
HIVウィルスを体内に入れてしまったと思われる行為(性行為、静脈注射器の共有、レイプ)などの直後(なるべく早く36時間内、少なくとも72時間以内)から、一ヶ月間くらい数種類の抗HIV薬を飲みます。
曝露後の予防は、HIV陽性者が服用しているのと同じ複数の薬剤を服薬します。
これは保険適用外なので、結構お金がかかるんですね。
一ヶ月丸々服用すると薬剤料だけで、20万円くらいします。自由診療になるので、さらに高額になります。
日本でそれを選べる人は非常に限られますね。
い:つまりPEPというのは、ウィルスが体に入ったかもしれないと分かった瞬間からなるべく早いうちに体内に薬剤を入れていくことでウィルスが動き出すのを抑えてしまうということで良いのでしょうか?
生:感染の成立を防ぐ効果があるという研究結果が発表されています。
標準的には一ヶ月と勧められていますが、お医者さんと相談しながらどれくらい続けるか決めていただくことになると思います。
ただ、日本では全ての医療機関が対応しているわけではないのです。
海外ではPEPの取り組みが広がっているのですが、日本ではこれから検討が始まっていくことになると思います。
い:なるほど、日本ではまだまだこれから取り組んでいく状態なのですね。
ところで、一ヶ月間、投薬を続けてウィルスが動き出していなければ、もう大丈夫ということなのですか?
生:かなりの割合で感染を防ぐことはできるみたいですね。
ただ、前回の話と矛盾しちゃうんだけれど、友達のお医者さんが針刺し事故で抗HIV薬を服用してみたら結構辛かったって言ってました。
副作用なのか、気怠い感じが続いたらしいんです。
彼はHIVのスペシャリストなんだけれど「患者さん偉いな」って言ってました。
い:強い薬であることは事実ですものね、昔に比べれば脂肪代謝異常などが減ったとはいえ。
花粉症(アレルギー性鼻炎)の薬でも気怠い感じの副作用が出る場合もありますもんね。
生:昔に比べれば副作用が少なくなったというのは事実だけど、やっぱり薬剤を体内に入れることで何か症状が出る人はいるのでしょうね、個人差はあるだろうけど。
陰性のうちから抗HIV薬を服用するPrEP(プレップ)
い:PEP(ペップ)に関しては理解しました。では、PrEP(プレップ)に関して教えていただけますか?
生:PrEPは曝露前予防内服(Pre-Exposure Prophylaxis)のことです。
これは、陰性の状態の時から抗HIV薬を服用することで感染を防ぐことができるというものです。
PrEPはPEPと違い数種類じゃなくて、ツルバダという薬一剤でいいと言われているんで、コスト的には安くなります。
それでも、ジェネリックじゃないメーカー製の抗HIV薬だと、薬剤料だけで月に10万円前後になります。
自由診療なので、もっと高くなります。
さらに、PrEPには別に重要な前提条件があります。
PrEPを実行する場合は、定期的にHIV検査を受けて陰性であることを確認し続ける必要があります。
個人輸入などで入手したジェネリック薬を飲み始めた人が、陽性になったのを知らずにいると、抗HIV薬への耐性ができてしまう可能性があるんです。
HIV陽性者の治療の場合には、複数の薬剤でHIVが増殖するプロセスを何箇所も攻撃しているわけなのですが、PrEPで使われるツルバダ1剤では抑えが十分ではないようなのです。
さらにツルバダには、いくつかの副作用の報告があります。
特にB型肝炎にかかっている場合には注意が必要です。
症状が悪化したり、過去に感染したことがある場合、落ち着いていた状態でも、再燃したという事例が報告されているそうです。
なので、できるだけ医師の見守りを受けながら、陰性の確認しつつ、服用を始め「副作用どうですか?」と状況を診てもらう方が安心なのです。
い:なるほど、PEPにしてもPrEPにしても、ちょっと前には想像もできなかったような予防方法が見つかってきているのですね。
興味を持つ人は多いと思います。
生:ただ、HIVの領域では、日本の厚生労働省は病名のつくものにしか薬を認可していません。
アメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)は、ツルバダという薬を既に予防薬として使ってもOKと承認しています。
さらに、海外ではPrEPに健康保険が使える国もあります。
日本では、HIV陽性であることがわかった場合のみ、保険が使えるようになっています。
だから PrEPのような予防は、日本の医療の中では位置付けられていない状態なんです。
副作用が起きたときにも、公的な機関による補償は望めないでしょう。
そういった状況下で処方することに腰がひけてしまう医師も多いかもしれません。
もともと自由診療に柔軟に対応しているクリニックだったら、もしかしたらPrEPをサポートしてくれる可能性があるかもしれません。
もちろん自由診療ですから保険は使えません。
しかも自由診療の場合は薬価をどうするかの裁量は病院側に委ねられていて、病院によって値段も一律じゃないんです。
大きな病院に紹介状なしにいくと、それだけで5000円くらい取られてしまうなんてこともあります。
ですので、日本ではPEP、PrEPに関しての環境整備がまだ出来ていない、というのが現状です。
い:実のところ、日本で海外のようにPEP、PrEPが認められるようになりそうですか?
生:すぐには難しいでしょうね。ただ臨床試験っていうか、研究としてやりたいと思っているお医者さんはいるかもしれない。
だけれども、僕個人の意見としては、臨床試験で1~2年間無料で薬がもらえたとしても、その後に、個人が継続できない状況だと、研究のトライアルをスタートするのも、心配があるなあと思います。
台湾では2016年秋からPrEPが始まっていた
生:実は2016年の11月から台湾でPrEPのプログラムというのが始まっています。
台湾政府は1000人分の予算を組みました。かかる費用の半分が自己負担です。
PrEPプログラムの開始に加えて、唾液で検査する新しい検査方法を採用しました。
実はこれ、精度がやや落ちるので、今のところ、日本では採用されていない検査方法なんです。
台湾では年間に2200人くらいHIVの新規報告があります。
人口は日本の5~6分の1くらいなので、日本に置き換えるなら年間で1万人以上感染新規報告されているって状況なんです。
その新規感染者の半分が10~20代、8割がゲイ、バイセクシュアルです。
次世代の若者に感染が広がっているってことを考えると、台湾政府も思い切った策に出ないといけない事情はあるようですね。
い:ゲイだけを対象にしているのですか?
生:ゲイをターゲットの中心にしたいようですが、政治的な配慮もあり、一応男女も含めたプログラムになっていますね。
同性婚をめぐる議論でも、キリスト教右派がゲイの間でHIV感染が多い事実を批判的に見ているという背景もあるので、男女間も含めた予防方法を広める、という形になっています。
エイズ治療拠点病院でカウンセリングしながら採血して陰性であることを確認して、投薬しているようです。
アジアではタイでもPrEPがスタートしています。
い:唾液による検査というのは自宅でできるのですか?
生:そうです。唾液検査キットは200元(台湾ドル:約700円)で、自動販売機で売っています。
この自動販売機は民間のNGOの事務所とか、ゲイサウナのANIKi WoW!とか西門紅楼(ゲイ・カフェが並ぶエリア)の裏あたりに設置されているそうです。
ゲイが集まる場所に自販機が置いてあるんですよ。
このキットを売っている業者が24時間の電話相談に対応しています。
結果を登録すると、キットの購入価格の200元の一部が戻って来るシステムになっているようです。
い:日本では2016年にaktaで試験的にHIVチェックという検査キットが配布されましたね。
生:HIVチェック自体は2016年12月で終わってしまいましたが、保健所での検査よりも高い割合で自分が陽性だと気づく人がいましたね。
なので、高い評価を受けています。
ただaktaでしかできないとなると、行政としてはバックアップがしにくいようです。
ですから、akta、研究者の皆さんが力をあわせて、トライアルを続けながら、全国に役立つ普遍的なモデルを提案していただきたいと期待しています。
もちろん、僕らもお手伝いします。
本当、地方へ行けば行くほど自宅で簡単に検査できる手段が必要だと思います。
保健所の検査も大切な存在です。
しかし、地方だと地元の保健所に行くにも、知り合いに会うのではという不安にも思う人もいるだろうし。
離島とかに住んでる人だったら、さらに地元の保健所には行きづらいでしょう。
だから、検査キットをもらって採血して、それを送って、きちっと調べた結果をwebか対面で知ることができるやり方。
そして、安心して専門治療機関にたどり着ける新たな検査システムが、これまでの保健所を中心にした体制に、加わる必要があると思います。
い:2017年もHIVチェックはトライアルで実施されますか?
生:ちょっとまだわからないですね。でもHIVチェックが効果があって実績を上げたって意味では特筆すべきものだったと思います。
NGO(akta)と医療機関 (国立国際医療センター)のタイアップ、ぷれいす東京は相談のサポートを提供したのですが、それによって新しい形が提案されたってのは非常に有意義でした。
それをどう広げていくかは、市民のみなさま、各地のNGO、行政、厚生労働省と相談しながらやっていくということになるでしょうね。
三回に渡りHIVの最新情報をお伝えしてきました。HIVに関する医療の進歩の速度は本当に早いと実感できましたし、常に新たな情報をアップデートしていく必要性も感じました。Letibee LIFEでは、今後もHIVの最新情報を定期的にレポートして参ります。
■生島さんが立ち上げたこちらの情報サイトもぜひご覧ください。
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