【発言まとめ】ドナルド・トランプ大統領はLGBTの敵か?味方か?

2016年11月8日(日本時間:9日)は、世界の歴史に深く刻み付けられることは確実です。
政治経験のまったくない実業家であり、メディアを騒がすトリックスター、傍若無人な態度で暴言を吐きまくり大統領選挙を勝ち抜いてきた御齢70歳のドナルド・トランプ氏が第45代合衆国大統領に選ばれたのです。

選挙戦の間、トランプ氏が吐き続けてきた暴言の数々、そしてあまりにも前時代的な人種差別発言あからさまな女性蔑視発言や告発された過去のセクハラなどから、最低の合衆国大統領になるのは確実だと戦々恐々としている方も少なくないでしょう。

トランプ氏が大統領になりそうだという頃に、こんな報道もされたぐらいですから。

しかし、恐れてばかりいても仕方ありませんよね、もう次期合衆国大統領になることは決まってしまったのですから。
この選挙期間中の様々な報道から、Letibee LIFEはドナルド・トランプ氏のLGBTに対する発言と、共和党の政策の齟齬、そしてトランプ氏の中心的支持層とは思えないエリート白人層の深遠な謀略に的を絞って、彼の真実はどこにあるのか、考えてみたいと思います。

①アンチLGBT的な共和党の政策
②選挙期間中にトランプが見せたLGBTフレンドリーな発言の数々
③共和党支持の白人エリート層の狙い

①アンチLGBT的な共和党の政策とは?

すべては昨年(2015年)の6月26日に起きたことから始まったのです。
それは、

■参考記事
同性婚は合憲」アメリカ、全ての州で合法に ホワイトハウスもレインボーに染まる(ハフィントンポスト)

LGBTの権利に関心の高い都市圏のリベラル層の支持を集める民主党のオバマ大統領政権のもとで決まったこのニュースは、世界中のLGBTに大きな喜びを与えました。
リンクの記事中の

アメリカの連邦最高裁判所は6月26日、同性婚を憲法上の権利として認めるとする判断を示した。

ここが非常に重要なので、頭に入れておいてください。

対する共和党は保守層(特にキリスト教福音派)の支持が強く、同性婚の合法化などは決して認めたくない人が少なくないのです。
そこで、共和党側からFirst Amendment Defense Act (FADA)という法案が提案されました。これは合法的にLGBT差別を行えるというとんでもない法案です。
大統領選挙の6人の共和党候補者たちは2015年の末に、First Amendment Defense Act (FADA)を優先順位として就任後100日以内に努力するという誓約書に署名したことのです。

■参考記事
米・6人の大統領候補が「LGBT差別を合法にする法律」を成立させることを約束!(#あたシモ 虹の向こう側)

ドナルド・トランプ氏はこの誓約書には署名していないのですが、この政策には賛成すると発言しています。
そして2016年7月の、トランプ氏が大統領候補に指名された共和党全国大会では

党の歴史上「最も反LGBT」だ

と批判されている政策綱領が採択されています。
さらにドナルド・トランプ氏は、

彼は2015年6月26日に最高裁が同性婚を合憲とする判決を覆すための判事指名を「真剣に検討する」と言った。

と報じられています。
ここも非常に重要なので頭に入れておいてください。

■参考記事
トランプ応援演説で「ゲイ宣言」の投資家ピーター・ティール、驚愕スピーチの中身(Forbes)
「同性婚は違憲」と主張するトランプ氏、なぜかレインボー・フラッグでLGBT擁護をアピール(ハフィントンポスト)

②選挙期間中にトランプが見せたLGBTフレンドリーな発言の数々

選挙期間中にトランプ氏の過去の女性蔑視発言の数々が問題になりました。

■参考記事
ドナルド・トランプの得意技 女性蔑視発言18(ハフィントンポスト)

また選挙戦序盤では人種差別的発言を繰り返し、大きく報道されました。

■参考記事
ドナルド・トランプ氏は、自らを「人種差別的」と認め始めている(ハフィントンポスト)

女性蔑視かつ人種差別的発言を繰り返し、①でお伝えしたように歴史上最も反LGBT的な共和党の大統領候補であり、同性婚にも否定の立場を表明しているトランプ氏は、LGBTに対しても差別的な人間であると一般的に認識されています。しかし、選挙期間中のトランプ氏のLGBTに関する発言を見ていると、そのイメージが必ずしも正しくないのでは? という疑問が湧いてくるのです。

2016年2月にトランプ氏は「LGBTの権利を推し進めたい」と発言しました。

■参考記事
米大統領候補者、トランプ氏が「LGBTの権利を向上させていく」と発言(Letibee LIFE)

そして、2016年6月にフロリダ州オーランドのゲイバー「Pulse」で起きた銃乱射事件で49人の死者が出たいたましい事件の後には、トランプ氏は「私はあなたたちのために戦う」とセクシャル・マイノリティに向けてメッセージを発しました。

■参考記事
【フロリダ銃乱射事件】事件機にLGBTの権利向上へ動き強まる トランプ氏も態度軟化「私はあなたたちのために戦う!」(産経ニュース)

2016年8月15日になるとトランプ氏は、新たな移民に対しては西側の自由主義的な価値観(LGBTや信仰の多様性への寛容の精神など)を共有できるかの思想チェックする必要があると発言しました。

■参考記事
【米大統領選2016】移民に厳格な思想テストを トランプ氏提案(WEDGE Infinity)

そして極めつけとも言えるのが、選挙戦も終盤の10月30日に演説会で”コロラド州「トランプを支持するLGBT」”と書かれたレインボー・フラッグを掲げて壇上を歩きまわったことです。

この一連の発言、行動がトランプ氏の本心からのものであれば、LGBTに対する差別意識は持っていないのではないか? という印象も湧いてきます。

もともと「同性婚」は政治家にとっては非常に慎重に扱わないとならない問題のようです。LGBTフレンドリーであると認識されている民主党のヒラリー・クリントン候補は2013年、その対抗馬であったバーニー・サンダーズ氏も2009年までは同性婚を容認していなかったそうです。

■参考記事
誰も、完璧ではありえない。ヒラリーとバーニーはいつから同性婚に賛成しだしたのか?「結婚防衛法」をめぐる発言から見てみるよ(#あたシモ 虹の向こう側)

オバマ大統領ですら就任時は同性婚容認ではなかったと知ると、「同性婚」問題に関しては特に共和党の政治家は慎重な態度をとるのも仕方ないことかもしれません。
トランプ氏のLGBTフレンドリーな発言と齟齬が生じていると感じられる党の政策綱領や、同性婚に反対する態度も、
「共和党の最大の支持基盤である南部や中西部の郊外に住む低所得の白人キリスト教徒」の票を得るために彼らの価値観(人工妊娠中絶や同性婚の禁止、マイノリティーへの優遇制度や福祉の廃止、銃所持の権利護持、移民排斥、学校での進化論教育の禁止)を守る」
という党の意思表示に沿った方向性であると考えることもできるのではないでしょうか。

■参考記事
論点:トランプ現象の背景「白人貧困層 怒りの受け皿」町山智浩(毎日新聞)

もしかするとオバマ大統領と同じく、トランプ氏だって就任時には同性婚反対の立場だとしても、後に賛成する側にまわる可能性だってあるかも、と希望的観測すら抱いてしまいかねませんが、事はそう簡単ではないようです。

③共和党支持の白人エリート層の狙い

週刊新潮2016年11月10日号に『民主党の牙城「ハーバード大学」にも吹き荒れた「隠れトランプ」旋風』という記事が掲載されています。(著者は弁護士の山口真由氏)
この記事がとても興味深い事実を教えてくれています。

週刊新潮 2016年11月10日号 発行:新潮社

週刊新潮 2016年11月10日号 発行:新潮社

一般的に、トランプ氏の支持者は粗野で無教養、差別意識を明らかにする南部の白人男性や、南部や中西部の郊外に住む低所得の白人キリスト教徒だと考えられています。インテリなリベラルが集うハーバード大学とトランプ氏の相性は最悪だとしか思えません。実際、ハーバード大学の共和党支持者(学校全体の13%)で組織された「ハーバード大共和党クラブ」は、2016年8月4日にトランプ氏拒否を表明しました。

■参考記事
ハーバード大共和党クラブ、トランプ氏を拒否-共和主義国家への脅威(Bloomberg)

週刊新潮の記事によると、ハーバード大学の共和党を支持するある男子学生はトランプ氏の俗っぽさを嫌いながらも、
「大統領は所詮任期4年の我慢、でも終身制の連邦最高裁判事は40年の我慢になるかもしれない。ならばトランプに我慢する方がマシ」
ということを発言したそうです。

①で頭に入れておいてくださいと言た連邦最高裁の問題がここに関わってくる部分です。

合衆国の連邦最高裁は、日本の最高裁よりもはるかに大きな影響力を持っています。最高裁の下した判決が法律としての効力を持つそうです。
だから、2015年6月25日に連邦最高裁がオハイオ州を始め同性婚を禁じていた4州の判断を違法だと判じたことで全米で同性婚が認められたわけです。
そして、トランプ氏は

最高裁が同性婚を合憲とする判決を覆すための判事指名を「真剣に検討する」

と言っているのです。

この発言が持つ意味は、とても深いのです。

連邦最高裁の判事は大統領が指名し、その後上院での多数決で決定します。選ばれた判事は終身制で、基本、亡くなるまで判事であり続けます。
最高裁判事は9名で、共和党が任命した保守系が5人、民主党が指名したリベラル系が4人というバランスでした。1960年台半ばからずっと50年に渡って、保守系に傾いていたそうです。
しかし、保守系であるケネディ判事は徐々にリベラル側に寄り、LGBTの権利には特に同情的だったので2015年6月25日の同性婚を全米で容認する判決が出ました。
ところが保守系のスカリア判事が亡くなったことで、現在空席が出ている状態です。

現在の連邦最高裁判事
・アンソニー・ケネディ(80歳)白人男性 判断傾向:中間
・クラレンス・トーマス(68歳)アフリカ系男性 判断傾向:保守
・ルース・ギンズバーグ(83歳)ユダヤ系女性 判断傾向:リベラル
・スティーブン・ブライヤー(78歳)ユダヤ系男性 判断傾向:リベラル
・ジョン・ロバーツ(61歳)白人男性 判断傾向:保守
・サミュエル・アリート(66歳)イタリア系男性 判断傾向:保守
・ソニア・ソトマイヨール(62歳)ラテン系女性 判断傾向:リベラル
・エレナ・ケイガン(56歳)ユダヤ系女性 判断傾向:リベラル
・空席

参考資料 Wikipedia

リベラル側に寄っているとはいえケネディ判事の基本は保守系で、裁判に寄って保守側の判断を下すこともあります。
共和党のトランプ氏が大統領になった以上、現在に空席には保守側の判事を任命することは確実です。

■参考記事
米連邦最高裁判事の空席はなぜ大ごとなのか?(lifehacker)

リベラル寄り中間派のケネディ判事が80歳、リベラル派のギンズバーグ判事が83歳と高齢であることを考えると、トランプ氏がも4年間の任期中にさらにもう1人最高裁判事を指名する可能性だってあるかもしれません。

つまり、トランプ氏によって合衆国の司法判断の方向性を今後数十年に渡って決定づけることになる可能性が大きいのです。

週刊新潮の記事では、さらに熱烈なキリスト教徒の男子学生が
「我々の主張をすべて支持してくれる”大統領”が誕生するチャンスなんだ」
とトランプを支持する理由を語っていると紹介しています。

この男子学生が差す”大統領”とはトランプ氏のことではなく、副大統領候補であるマイク・ペンス氏のことなのです。

このマイク・ペンス氏はガチガチの保守派であり、キリスト教福音派の絶大な支持を集めている人です。インディアナ州知事であった2015年に、LGBTに対する差別を合法化する宗教自由制限法案に調印して大問題になった過去もあります(市民団体やビジネス界からの激しい反発を受け、性的指向やジェンダーアイデンティティの保護を保証する方向に法案を改正した)。

■参考記事
ドナルド・トランプ氏、副大統領候補にインディアナ州知事マイク・ペンス氏を指名か 豊富な政治経験を買う(ハフィントンポスト)

マイク・ベンス氏は、ダーウィンの進化論を否定するほどのキリスト教への傾倒ぶり(福音派は聖書の字義通りに創造論を教えている)。同性婚や中絶は一切認めず、銃の所持は容認するという、まさに急進的な保守の代表ともいうべき存在。
週刊新潮の記事のハーバード大学のキリスト教徒学生によると、こんな急進的保守のベンス氏が大統領候補として容認されることはありえないが、
「トランプが大統領になった場合、遅かれ早かれ弾劾されて辞めざるをえなくなるだろう。その時に大統領に昇格するのはマイク・ベンス氏だ。我々は歴史上、最も右寄りの大統領を手にすることになる」
と語ったそうです。

トランプ氏が個人的にLGBTフレンドリーか否か、という問題以上に、共和党自体の政策や、連邦最高裁判事の問題、そして副大統領の存在など、今後の全米、そして世界のセクシャル・マイノリティーに関わってくる不安定要素はとても大きいと感じざるをえない選挙結果となりました。
2016年11月9日の勝利宣言で
「すべての米国人のために大統領として働くことを私は誓う。」
と語ったトランプ氏が、弾劾されることも、急病や事故で亡くなることや、暗殺に遭わず、無事に任期を全うしてもらうことこそ、セクシャル・マイノリティーにとっては重要なことなのかもしれません。

今アメリカでなにが起きているのか

ドナルド・トランプの勝利が引き金をひいたヘイトクライムの数々

■参考記事
「全ての米国人のために働く」トランプ氏勝利宣言全文

<TOP画像引用元> http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00000120-reut-n_ame

READ  米大統領選候補者、トランプ氏が「LGBTの権利を向上させていく」と発言

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いたる

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