世界で初めて性別適合手術を受けた、リリーのお話
「リリーのすべて」をあらすじも全てふくめて知らない状態でみたい!という方にはネタバレになってしまうので、映画をご覧になったあとにぜひ読んでいただければと思います。
女性と結婚し、幸せに暮らしていた。
現代の医療技術でも男性に子宮を移植することはできませんが、それを1930年代に試みたトランスジェンダーの方がいます。世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク出身の風景画家、エイナル・モーゲンス・ヴェゲネル(男性名)、のちのリリー・エルベ(女性名)です。
人間とは不思議なもので、自分自身を理解できていない部分の方が多いと言います。自分で認識している部分は認識できていない部分の約1割と言われ、残りの9割は滞在意識として自分でも認識していないのです。そのため、ある日突然、自分の滞在意識から湧き出た新しい感情に気付く場合があります。
それは、他者から見るとその人が新しい人生の選択をしたようにも見えますが、決して選択したの訳ではなく、もともと持っていたものであり、それに自分自身が気付いただけなのです。
この映画の主人公であるエイナル(リリーの男性名)もそうでした。当時、エイナルはゲルダという女性と結婚をし、幸せに暮らしていました。当時のヨーロッパではゲイやトランスジェンダーというライフスタイルが受け入れがたいものであったため、もしかすると本人も気付かないうちに本心を心の奥底へ無理やり隠してしまっていたのかもしれません。
ですが、画家である妻ゲルダの女性モデルの代わりとしてストッキングと女性用の靴を身に付けた事で、エイナルは初めて自分の滞在意識に気付き、心が女性であることに気づくのです。その後もとめどない衝動にかられ、女装を止めることができなくなるのです。そして、徐々に女性として生きる時間が長くなっていきます。まるで、二重人格にでもなってしまったように見えてしまうほど、それまでのエイナルとは違って見えてしまのでした。
母になることを夢みて、性移行手術を受け始める。
自分では止めることのできない衝動をどうにか元へ戻そうと、妻ゲルダとともに精神科の診察を受け始めます。ですが、当時は同性愛行為を法律で禁止している国も多く、多くの医者はエイナルの思考を病気だと決めつけ、ショック療法などを利用して彼を男性へと戻そうとします。精神的にも辛いショック療法とたくさんの精神科医を訪ねまわる毎日。そんな日々に疲れ始めたエイナルはある日、ベルリンに住むマグヌス・ヒルシェフェルト医師と出会います。彼は他の精神科医とは違いヨーロッパでもいち早く、男性と女性の間に位置する中間性に関する理論を発展させていたため、エイナルの感情を理解できる医者でした。
やがてリリーは母になるという夢を持ち始め、その夢を実現するために女性の体を求めて手術を受け始めます。
映画ではこの手術については詳しく出てきませんが、実際には5回もの手術を受けています。
1930年にヒルシェフェルト医師が保護観察にあたり、ベルリンで睾丸摘出手術受けます。その後ドレスデンにある病院でクルト・ヴァルネックロス医師により男性器の除去と卵巣の移植手術を行います。この際、手術中にエイナルの体内に未発達の卵巣を発見します。このことから、エイナルは性分化疾患(インターセックス)であったとも言われています。
手術後、移植した臓器に対する拒否反応によりその後2回、再摘出手術を行うこととなります。5回目の手術で子宮を再度移植し、リリーが49歳の時に念願の女性の体を得るのです。しかし、その3ヶ月後、彼女の体は再度拒否反応を起こし他界してしまいます。臓器移植による体の拒否反応を防ぐ薬はリリーが亡くなった約50年後の1980年頃になって初めて成功例がではじめたのです。また、当時の男性から女性への性以降手術は実験段階であったため、リリーの手術は自殺行為にも近いものだったと考える人も多いようです。
ドイツでは早くから中間性に関する理論が発展していましたが、その後のナチが勢力を増したことにより、多くの研究資料が「ナチス・ドイツの焚書」で焼却されてしまいました。そのため、多くの貴重な研究結果が喪失されてしまったのです。
自分の本当のあるべき姿を求めて、命をかけて女性になることを望んだリリーの人生から学べる事はたくさんあると思います。そして、今現在、彼が悩んだのと同じように苦しんでいる人がいることも確かな事実なのです。
人間は一人では生きていけない、誰かと共に生きている。
「リリーのすべて」の英題「The Danish Girl」とはリリーを指しているのか、それとも妻ゲルダを指しているのか、またその両者をさしているのかはわかりません。映画の中で画家である妻ゲルダのことを画商が「The Danish Girl」と呼ぶシーンがあるのですが、もしかすると、映画の真の主人公はリリーを側で支え続けた妻ゲルダなのかもしれません。
そう、人間は一人では生きていけないのです。エイナルが性移行手術を受けた事実はドイツとデンマークでもニュースとなりました。特にデンマークでは同性愛行為が法律で禁止されていたような時代でした。そのような環境下での性移行手術は人々から歓迎されているはずもなく、リリーへの風当たりは強いものだったと思います。事実、エイナルの多くの男友達は彼女に会うことを拒みました。ですが、リリーには自分を理解してくれた、姉や妻ゲルダがいました。理解してくれる人は少なかったけれど、ひとりではなかったことが救いだったと思います。
あなたの周りにも同じように悩んでいる人がいるかもしれません。それはあなたの兄弟、息子、娘、友人かもしれない。誰にも相談できずに一人で悩み、孤独に感じているかもしれません。それが、娘や息子であった場合、あなたが受けるショックも大きいかもしれません。ですが、本人はあなたよりも長い時間、深く悩み、傷つき、孤独で辛い日々を過ごしたことだと思います。まずはそれを理解してあげてください。そして、一人ではないこと、いつも家族や友人、兄弟が味方として一緒にいることをぜひ伝えて欲しいと思います。
LGBTを理解すること
LGBT当事者がどうのように感じ、どのように生きているのかを当事者以外が理解することはとても難しいことです。ですが、このような映画を観ることで多少なりとも理解を深めることはできると信じています。
人として相手のあるべき姿をそのまま受け入れるというのは、愛しているからこそ時としてとても難しい場合があります。人間はどこまでありのままの自分で生きることができるのか。それを支えてくれる、真実の愛とは。多くのメッセージを投げかけてくれる映画です。
日本では最近、性的マイノリティーにつての差別発言が頻発しています。そういうニュースを見る度に、日本での認識の低さに驚かされますが、このような映画が一般的になることで、少しでも多くの人がより深くLGBTへの理解ができるようになれば嬉しいです。
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