【サムソン高橋・非シャイニー宣言】フロリダ ゲイクラブ銃乱射事件に思う

【コラム】ゲイクラブ銃乱射事件に思う サムソン高橋

大きく報道がされて、もう皆が知っている事件だと思うが、
先日フロリダ・オーランドのゲイクラブで大量無差別殺人が起こった。
死傷者は100名を超え、死者は50人とも伝えられているが、
これはアメリカの銃犯罪でも史上最大の悲劇である。

まずはこの事件で亡くなられた方々とその家族に、謹んで哀悼の意を表したい。
そして怪我をされた方々の一刻も早い回復を願いたい。

そして、私は、この事件で死亡したもう一人の人間を追悼するべきか悩んでいる。
警察との銃撃戦で射殺された、容疑者のオマル・マティーンだ。

彼が死んだ以上、事件の動機や真相は永遠に闇の中だ。
だから、これから私が書くことはすべて憶測の域を出ないことを最初に言っておきたい。

事件が最初に報道されてから、容疑者の動機は二転三転した。
最初はIS主導によるテロだと報じられた。
次に、容疑者本人の個人的なイデオロギーによる犯行だと言われた。
ホモフォビアによるヘイトクライムだったというわけだ。
しかしその次に、それまでとはまったく違う角度での報道がされた。

オマル・マティーンは惨劇の舞台となったゲイクラブ・パルスの常連であり、
ゲイアプリも頻繁に利用していたというのだ。

こうなると、最初に抱いた
「まったく関係のない敵からの理不尽で一方的な攻撃」
という印象とはがらりと違ってしまう。

彼は私たちの中に存在していたのだ。

少なくとも、事件後の
「この世から同性愛に対する憎悪がなくなりますように」
というまっとうな願いが、
牧歌的で悠長で色あせたものに見えてしまったのは自分だけではないだろう。

「同一人物に間違いない。彼は、少なくとも三年間はこのバーに通ってた」
「彼はひどく酔っぱらっていた……家族の前では酒が飲めなかったから。
彼の父親は本当に厳しい人みたいで……いつもそのことで愚痴をこぼしていた」
「そんなに話したことがあるわけじゃないけど、
何度も父親のことを言っていた。あと、妻と子供がいるって」
「彼と話すのを止めたのは、誰かが彼の宗教についてからかったときからね。
ナイフを持ち出して『俺を馬鹿にしたらどうなるか覚えてろ』と言ったわ」

 

地元紙の報道によると、パルスの常連からは以上のような証言がとれたという。
宗教と父親にがんじがらめにされて、
それを棄てようとしてもどうすることもできない男の姿が浮かび上がってこないだろうか。

実は、かなり早い段階から
「容疑者は実はゲイだったのではないか」
という説が噂された。
最初にメディアに出回った彼の写真が、きれいに髪を刈り込んでセクシーな表情をした、
いかにもな、けっこうモテスジでナルシストのゲイの自撮りそのまんまだったからである。
そのあとに出回った写真では、髪をぼさぼさにして好戦的な表情をした、
ガラの悪いストレートのような彼が写っていた。
これが同一人物かと何度も見比べたくらいだ。
彼も、どうすることもできない自分の二面性に悩んでいたのではないだろうか。

画像引用元 http://www.wnd.com/2016/06/terrorist-omar-mateen-29-was-investigated-by-fbi/

画像引用元 http://www.wnd.com/2016/06/terrorist-omar-mateen-29-was-investigated-by-fbi/

オマル・マティーンの父親はアフガニスタン人で、アフガニスタン系テレビのホストを務めている。
偏執に近いほどの厳格なイスラム教徒のようだ。
事件の後に、「同性愛者は神が罰すべき」という発言をしている。
こういう父親のもとでどういう育て方と教育をされたかは、想像がつく。
その環境で、もし自分がゲイだと気付いてしまったら、どれだけの地獄だろうか。

ある地元紙では、10年前の彼のクラスメートからの発言がとれている。
オマル・マティーンが19歳の頃の話だ。

「僕たちはたまにゲイバーに行って飲んでいた。
ある夜、彼は『君はゲイかい?』と尋ねてきた。
でも当時自分はカムアウトしてなかったから、否定したんだ。
そしたら彼は『もし君がゲイだったら、僕のタイプだったかもね』と言ってきたんだ」

 

そして、容疑者のことをこう言っている。

「彼は周囲になじめないタイプで、周りの人はかわいそうに思っていた。
彼は単純に自分の居場所を見つけたかったんだけど、彼のことを好きになる人はいなかった。
彼はいつだって周りから浮いてたんだ」

 

事件の舞台となったパルスは、地元では
「性別も人種も性的指向もファッションも関係なく、誰もが歓迎される得難い場所」
だったという。
しかし、そのコミュニティになじめなかったとすれば、どうすればいいのだろうか。

パルスの客を責める気はまったくない。
冗談を言われてナイフを持ち出すなんて、
優しく考えても出禁レベルの話だし、隣に座ってほしくはない。
しかし、19歳の頃の初々しいエピソードから、
死の数時間前にISへの忠誠を誓う電話を警察にかけてパルスに突入するまでの彼の変化を考えると、
胸が押しつぶれそうな感じを覚えてしまう。

容疑者が足しげくモスクに通うようになったのは、事件の一年前からだという。
ゲイで生きていくことに挫折してしまった。
宗教は信じる者を裏切ることはない。

そういう流れではなかったのではないか。

父親によると、
事件の前に男性同士がキスするところを見てショックを受けた
というエピソードが事件の遠因として語られた。
これも「ホモフォビアのストレート」じゃなくて
「ゲイで生きることをあきらめてムスリムで生きていこうと決意した隠れゲイ」
だと考えたら、そのショックの質も劇的に変わってしまう……。

私は容疑者を擁護しているわけでは決してない。

一番の責任があるのは言うまでもなくもちろん彼だし、
被害を大きくした原因は、
FBIに一時マークされていた一般人でも簡単に自動小銃を購入することができるアメリカの銃社会だ。
そもそも最初に言ったように、今ではすべては推測でしかない。
しかし、彼を
「自分とは関係ないとんでもないサイコパス」
と切り捨てることはできないし、
彼の内面に多少なりとも思いをはせることは
今後のLGBT社会のためにも必要なのではないだろうか。

やはり、私はオマル・マティーンを追悼することはできない。
が、多少の哀れみとシンパシーは抱きたい。

どうすれば良かったのか、
どうあれば防げたのか、
考えても結論は出ないが、
せめて彼が何千回かの地獄を繰り返してこの世に再び生を受けることがあれば、
悲劇の舞台となったパルスのオーナーのひとり、
バーバラ・ポーマのような家庭に生まれることを願いたい。

パルスは彼女のHIVで亡くなった弟を偲んで作られた場所だという。
パルスのウェブサイトには、そのポーマの弟に関してこういう文章が記されていた。

厳格なイタリア系の家族に生まれて、ゲイだという事実は眉をひそめられるものだった。
でも、ジョンが家族や友人にカムアウトしたとき、
彼の家族は伝統を厳しく重んじる方針から容認と愛を重んじる方針へとドラマチックに変化した。
このクラブを作ったとき、ジョンが誇りに思うようなゲイ・スタイルの雰囲気を出すことが大切だった。
一番重要なのは、パルスという名前。
これはジョンの鼓動をイメージして付けられた。
ジョンを思って作られたこの場所で、彼の友だちや家族の目には彼がまだ生き続けていられるように

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