キミ、死にたまうことなかれ〜クローゼットの若いゲイの人に考えて欲しいカミングアウトのこと


※2016年8月24日 一部加筆修正しました。
1)カミングアウトするためには、見極めることがとても大切
における
「カミングアウトされた側にとっては、いわば、抱えきれなくなった重たい荷物を手渡されるようなものではないですか?
重たい荷物をいきなり手渡された人が、キミと同じように抱えきれなかったとしても、その人を非難することはできるでしょうか?」
という部分に関して
「その後の一橋の事件におけるアウティングが正当な行為であるかのように聞こえて悲しい」
というご指摘をいただきました。

この部分は、執筆時は家族へのカミングアウトを念頭において書いたのですが、たしかにご指摘いただいたように感じられると思いました。
そこで、該当部分を加筆修正いたしました。
(担当ライター:いたる)

一橋大学ロースクール(法科大学院)での同性愛アウティングによる転落事件をご存知でしょうか?

この事件をご存じない方は、ぜひ概要をこちらの記事でお読みください。
一橋大学ロースクールでのアウティング転落事件〜原告代理人弁護士に聞く、問題の全容

先の東京オリンピック(1964年)の年に生まれた、どっぷり昭和世代のオジさんゲイにとって、今回の事件はとても驚きました。自分と同じ「男が好き」な人と出会うためにはゲイ雑誌の文通欄を利用するか、ゲイバーなどに行くしかないのが僕らの世代。それに比べると、今はインターネットでゲイに関する情報は簡単に入手できるし、ゲイの友人や恋人と出会うことも容易にできる。そんな時代にも関わらず、東京の、しかも大学院でクローゼットなゲイが追いつめられていった、ということに驚いたのです。

便利なインターネットを子どもの頃から使いこなしてきた世代のゲイは、僕らの世代にありがちな情報も友人もないクローゼットの悩みからは解放されているのでは? と思い込んでいました。
でも、それは単なる思い込みなんだと、今回の事件を通じて知りました。

そこで、自分がゲイであることを誰にも言えず隠して生きている若い方へ向けて、50代のしぶとい親父ゲイが考えたことを記します。

1)カミングアウトするためには、見極めることがとても大切

家族にも友人にも自分がゲイであると言えないでいるけれど、自分を偽って生きるのが辛くなることはもちろんあります。
本当の自分を理解してもらいたい、そんな想いが強くなり自分1人で抱えきれなくなった時、誰もがカミングアウトしちゃおうかと考えるものです。

でも、自分を偽っていることに辛くなり、秘密を抱えている孤独感に苛まれ、そこから楽になりたいっていう一心から、勢いでカミングアウトするのはちょっと待ってほしいのです。

僕は様々な方にカミングアウトの体験を聞いてきました。
周囲の方たちがとても理解があって、何の問題もなくカミングアウトできた方もたくさんいます。
しかし、中には友人はもとより家族からも拒絶されてしまった方もいます。

でも、僕は拒絶した家族を一概に責める気持ちにはなれません。
一人では抱えきれなくなってしまった事実を周囲の人に告白することがカミングアウトです。
カミングアウトされた側にとっては、いわば、抱えきれなくなった重たい荷物を手渡されるようなものではないですか?
もちろん、キミを愛しているなら無条件に受け入れて欲しいという気持ちは理解できます。
でも、重たい荷物をいきなり手渡された家族の誰かが、キミと同じように抱えきれなかったとしても非難することはできるでしょうか?

またそれとは逆に、キミが抱えきれなくなった荷物の重さを理解せず、カミングアウトされたことを軽く受けとめその重要性を理解しない友人もいます。
一橋大学アウティング転落事件のA君がカミングアウトした同級生のZ君など典型的な例ですが、あまりにも軽く受け止めすぎるがゆえ、打ち明けられた秘密をペラペラと周囲に喋ってしまうことに罪悪感も覚えないのです。
それはもちろん酷いことです。
しかし、キミが思うほど打ち明けた相手はキミのことを大切な友人だとは思っていなかったということでもあります。

だから、その時の勢いで感情に任せて、カミングアウトしてほしくないのです。
カミングアウトする相手が本当にキミを大切に思っているのか、重たい荷物を抱える度量があるのか、もしくはカミングアウトしたことで拒絶されても仕方ないとキミが腹を括れるのか、それを見極めることがとても大切です。

2)ストレートの友人への恋の告白のリスクの巨大さを理解してほしい

一橋大学のアウティング事件で転落死したA君は、同級生のストレート男性に恋してしまい、その想いを告白したことから悲劇が始まりました。

クローゼットな暮らしをしていると、基本的に周りにはストレート男性ばかり。
思春期から20代は、恋をしたくてたまらなくなる年代ですから、自分の周りにいるストレートの男性に恋をしてしまうのは仕方ないものです。

でも、友情と恋愛はまったく別なものだということを忘れないでください。

ストレートの男性同士の場合、そこに恋愛感情がなければ、ある程度のスキンシップをすることに抵抗がない人が多いです。
クローゼットであるキミからすると、そういう状況は嬉しくもあり、大きな勘違いをしてしまいかねない危険性もあります。

友情だと思っていた関係が、実は片方にとっては恋愛だった。
これ、恋愛している側にとっても辛いですが、友情だと思っていた側にとっても結構ハードな状況です。

ストレート男性に恋の告白をした経験談も色々な人に聞きました。

完全に拒絶されてしまい友情関係もダメになった人もいれば、恋愛感情は受け入れられないけど変わらずに友達でいようと言われた人もいます。

もちろん告白された側の考え方や許容できる範囲の違いもあるでしょうが、なによりも2人の間の友情の深さの違いが大きいと思います。
いつも一緒に行動しているとはいえ単なるクラスメートの1人である場合と、他の誰かでは代えることのできない関係が育まれている場合では、恋愛感情を告白された場合の受け止め方は違ってくるのも当然でしょう。

ちなみに若い勢いで告白した相手と性的な関係になった人もいますが、ストレート男性の場合は興奮から醒めた途端に極度の罪悪感に囚われてしまい、その後ものすごくヨソヨソしくなってしまったそうです。

その相手が実は自分がゲイであることに気づいていなかったのだけど、告白されたことがきっかけとなってゲイだと自覚した。
そんな希有な例を除いてはストレートの友人に想いを告白して、その結果幸せになったという話を僕は聞いたことがありません。

夢も希望も無いような話で申し訳ないですが、ちょっと立場を置き換えて考えてみてください。

キミに仲の良い女子の友達がいるとします。
クローゼットなキミは、女子には恋愛感情は抱かないので友情としか意識していません。
しかし、キミがゲイだと知らない女子が恋愛感情を抱いてしまったとします。
恋の告白をされたキミは、その想いを受け入れられますか?

クローゼットのキミに恋愛感情をぶつけられたストレートの友人も、また同じ気持ちなのです。

3)押しつぶされそうな気持ちの逃げる場所を作ってほしい

周りの誰にもゲイであることを隠しているのは、多くの人に囲まれていようとも孤独と背中合わせでいるのと同じです。
ましてやストレートの友人に恋愛感情を抱いてしまったら、その孤独感に押しつぶされてしまいそうになっても仕方のないことです。

だからといって、その辛さから逃れるためだけのカミングアウトは勧めません。

クローゼットなキミには、一人で抱えきれない荷物を共有してくれる同じゲイの友人をぜひ作ってほしいのです。

誰にもゲイであることを隠して生きて来たキミにとって、ゲイの友人を見つけることはものすごくハードルが高いと感じるかもしれません。
もしくは同じゲイと仲良くなることに恐怖を覚えているかもしれません。

でも、ゲイであるゆえに、その環境によって差はあるにしても、キミと同じような経験をしてきている可能性がとても高いのです。
つまり、ストレートの友人には期待することのできない、キミの悩みや考えに共感してくれる友人になりうるということです。

そして、ストレートの友人たちが好きな女子のことを話すように、ゲイの友人にならば、キミが好きになった人のことも気軽に話せるでしょう。

ゲイの友人を作ってもクローゼットである悩みや、ストレートの友人を好きになった悩みの根本的な解決にはならないじゃないか、と思うかもしれません。

でも、1人では抱えきれない、その重さに押しつぶされそうになってしまう悩みを誰かと共有できることだけでも、気持ちは少し楽になるはずです。

とても小さなことかもしれませんが、気持ちが少し楽になることが、孤独感や悩みに押しつぶされないためには何よりも大切なことなのです。

4)キミ、死にたまうことなかれ

一橋大学アウティング事件のA君に、ゲイの友人がいたのかは分かりません。
しかし、ストレートの友人に告白してしまったがゆえに、最悪の結末を迎えてしまったことは事実です。

今もまだ全国にたくさんいる、誰にもゲイであると言えずに悩んでいるクローゼットの方を取り巻く状況は、決して他人事ではありません。
それは、かなり以前の僕の状況でもあるからです。

ここで僕が記したことは、すごく後ろ向きではないか、と感じる人もいると思います。
もっと周囲の人たちに対して、理解を深めていくことを考えるべきじゃないか、と考える人もいると思います。

でも、理解を深め差別する意識を無くしていくための作業は僕たちのようなオープンにしている年上の世代が担っていくことです。
僕よりも若く、自分を隠して生きている人たちが、抱えている悩みの重さに押しつぶされたり、感情に任せたカミングアウトをして最悪の結果を招いてほしくないのです。

今、キミの心の中でとてつもなく大きいと感じている問題も、少し時が経てば、そこまで大きくはなかったなと気づくこともあります。
キミが考える以上に、人生は長いものだし、キミを取り巻く状況も今は予想出来ないほどに変わっていくものです。

だから、今、キミが抱えている悩みに押しつぶされてしまわないでください。
人生には、楽しいことや嬉しいことも、たくさん待っているのですから。

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いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964