AERA「大特集・LGBTブームの嘘」を読んでみた

AERA 6月12日号(朝日新聞出版)は「大特集・LGBTブームの嘘」。
刺激的なタイトルに惹かれて早速読んでみました。

IMG_20170605_201945

読後、最初の感想は「きちんと取材しているな」というもの。
そして、この刺激的な特集タイトルは、

LGBTブーム「が」嘘
ではなく
LGBTブーム「の」嘘

というところが興味深いのです。

最初にタイトルを見たときは、したり顔で
「LGBTブームなんて広告代理店が仕掛けた一時的なもの」
「言われてるほど市場も大きくないことに企業が気づいて興味を失い始めた」
みたいに決めつけてしまう論調なのではないかと予想していましたが、その予想は大きく、そしていい方向に裏切られました。

(個人的にはマスコミでの「ブーム」的なものは昨年の早い内に終わっていると考えています。現在は「ブーム」という言葉では括れない動きが進んでいますが、そこに言及すると長くなるので別の機会に改めます)

AERAが今回の特集で取り上げているのは、いわゆる「ブーム」的な見方では光が当たっていなかった当事者の問題や、活動、人物などです。
つまり、深く掘り下げようとする意識がない媒体でも容易に取り上げることができる氷山で言えば表面に出ている部分ではなく、よりきちんと調べていこうとしない限り見えてこない部分に対してきちんと取材されていることがわかります。

今年のゴールデンウィーク期間中に行われた東京レインボーウィークでは、幾つかのイベントに伺いましたが、ほとんどの会場に朝日新聞の方が取材にみえていました。LGBTに特化している媒体ではないにもかかわらず熱心さに驚いていましたが、その丹念な取材が結実したのが今回の特集ではないかと感じました。

「当事者」という言葉をよく使ってしまいますが、様々な人に会い話をするればするほど、「当事者」と一言では括ることなどできない、まさに多様性を実感させられています。
当事者が抱える問題、とされているものに対する考え方・捉え方も決して一様ではありません。
至極当たり前のことだと思われるでしょうが、「LGBT」という言葉を使われてしまうことで一括りにされてしまいがちなその風潮の欺瞞を突いているのでは? と感じられる面もあり、とても読み応えのある特集記事になっています。

特集記事の概要と記事に登場する人々

では、この特集記事が、どのような問題を、誰に取材してまとめられたのかをご紹介します。

LGBTブームという幻想
虹のふもとにある現実

特集の導入部のカラーページは、このテーマで注目度が高い有名人を2つの観点で取り上げています。一つは能町みね子さん(とサムソン高橋さん)、もう一つはミッツ・マングローブさん、カルーセル麻紀さん、KABA.ちゃん。

能町みね子×サムソン高橋対談
私たち「夫婦(仮)」始めました

「契約結婚」を前提に交際を始めたというエッセイストの能町みね子さんとサムソン高橋さんの対談で特集はスタートします。セクシュアリティがどうの、という問題など超越して、人として理解しあえる2人が出会うことができたのだ、という印象が残ります。なかなか、人生の中でしっくりくる相手と出会うことは難しいものですが、このお2人にとっては理想的な出会いがあったのだなあと祝福したい気持ちになれる記事でした。おめでとうございます。

「おネエ」しかいらない
LGBTはメディアでどう扱われてきたか

近年のTVメディアにおいてLGBT当事者が取り上げられることが増えたのは事実ですが、ほとんどはいわゆる「オネエ・タレント」であり、その扱われ方にも偏りがあるという内容を、ミッツ・マングローブさん、カルーセル麻紀さん、KABA. ちゃんのインタビューと、LGBTに詳しいという東京の寺原真希子弁護士と、メディアとLGBTの関わりについて研究している明治大学非常勤講師の三橋順子氏のコメントと共に紹介しています。「LGBT(おネエ・キャラ含む)をめぐる芸能界の主な出来事と社会の動き」という年表形式のコラムも分かりやすくまとめられていて、特に若い年代の方には参考になると思います。

ひとつではない政治意識
LGBTだからリベラルというわけではない

ここからはモノクロ・ページです。この記事はかなり朝日新聞ということを考えるとかなり意欲的な印象です。
まずはイデオロギー的に「保守」であるゲイのインタビューから始まり、ニュースとして報道されたフランスの極右政党を支持するゲイの話を交えながら、LGBT当事者=リベラルとは言えないという現実を説明します。そこから自民党が「性的指向・性自認に関する特命委員会」で理解増進法と、野党4党が国会に法案を提出した差別解消法の話になります。東京レインボープライド2017でパレードの先頭を歩かれたお2人、自民党の宮川典子氏(性的指向・性自認に関する特命委員会事務局長)と、民進党の細野豪志氏(LGBTに関する課題を考える議員連盟顧問)のインタビューで現在の状況を説明します。
後半、フェミニズムや性的マイノリティについて研究する東京大学准教授の清水晶子氏による女性運動とLGBT運動に関するコメントも紹介されています。
またコラムとして自民党「性的指向・性自認に関する特命員会」メンバーと過去の発言も掲載。

記事全体としては、リベラルである朝日新聞の刊行物にしてはずいぶん思い切ったなという印象があります。ただ、コラムの中の過去の発言で、LGBTとは関係のないコメントを引用されている議員がいたり、委員会のオブザーバーである宝塚市議の大河内茂太氏の過去の発言(それがきっかけで理解増進法案が進むようになったという面も大きいです。※詳細はこちらの記事参照)を、(確かにその発言は事実ですが)今さらほじくり返して掲載するのは、少々印象操作が過ぎるのでは? と感じました。
また、「保守とリベラル」という構図だけじゃなく、本当は中道が一番多いのではという部分にまで踏み込んで欲しかったという思いはありますが、そうすると記事のテーマがぼやけてしまったかもしれません。

「フレンドリー」は虹の彼方に
本市独自調査で見えた自治体対応の実態

全国の政令指定都市、道府県庁所在地の計104自治体の長と政策担当者に対して行ったLGBT施策の取り組みについてのアンケート結果を紹介する記事。全体的にまだまだ理解が進んでいないことと、トランスジェンダーへの配慮に関してだけは理解が深まっていることが明確になり興味深いアンケート結果です。中で引用されている自治体の長のコメントには噴飯ものもありますが、それこそ理解が進んでいない証だと思えば納得できます。
自治体行政に詳しい四日市大学教授の小林慶太郎氏の現状分析や今後の予測、豊島区議の石川大我氏による自治体のLGBTの取り組みに関する説明、NPO法人虹色ダイバーシティ理事の村木真紀氏のコメントも紹介。さらに、ホテルでの同性カップル(特にゲイ)のダブルルーム宿泊拒否に関する問題も取り上げ、豊島区での実態を独自に調査しています。IGLTAアジア・アンバサダーの小泉伸太郎氏もコメントを寄せています。(IGLTAに関してはこちらの記事をご参照ください)

コラム
正しい情報が伝われば地方も確実に変わる

大都市に比べると理解が進んでいないと思われている地方で活動する人たちを紹介。岡山市が本社のアパレルメーカー「ストライプインターナショナル」の二宮朋子氏、沖縄の「レインボーハートプロジェクト」代表の竹内清文氏、熊本で啓発活動に取り組む今坂洋志氏がコメントを寄せています。

「いない」のではなく「見えない」だけ
小中学校教員の半数以上がLGBTを知らない

地方都市で暮らす当事者が直面する問題から、その根底にある原因を探る記事。愛知県在住の19歳のレズビアン、31歳のバイセクシュアル、静岡県で暮らす24歳のレズビアンの現状から、どのような問題を抱えているのかを解説。中野のコミュニティースペース「LOUD」代表の大江千束氏が、当事者(特に女性)が陥りやすいメンタルの問題と貧困について解説。その実例として関西在住の39歳のトランスジェンダーの状況を紹介。
差別が貧困を生む負の連鎖の背景とそれを解決できる道筋を、慶応義塾大学大学院博士課程でジェンダー、セクシュアリティを研究するレズビアンの当事者と、名古屋市のNPO法人「ASTA」共同代表理事の22歳のアライ男性が語ります。
そして、小学校の教育現場でLGBTについて教えた実例が紹介されます。

コラム
入間市議・細田智也さん
自分の経験生かし ひるまず堂々と

今年3月に、FtM男性として初めて議員になった細田智也 入間市議のインタビュー。

それでも愛して育てたい
同性カップルが我が子と育む家族

ドナーの精子提供を受け、それぞれが出産した2人の子供を育てているレズビアン・カップルの実例と、ドナーが見つかり妊活中のレズビアン・カップルの実例を紹介。同性カップルが子供を作るための苦悩や苦労、そして子育ての喜びと直面していくだろう問題点などをわかりやすく解説しています。最後には、子育てを目指そうというゲイ・カップルも紹介されています。

誇りは持てた どう老いるのか
ロールモデルなきLGBTの老後

特集の最後は当事者の「老い」と「死」について考える記事です。まずはこの記事を担当する記者氏のカミングアウトから始まるという面白い展開です。最初に紹介されるのは、HIVと闘い、そしてもがきながら老齢期の人生と向き合おうとしているNPO法人「日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス」を立ち上げた長谷川博史氏。続いて、当事者の老後について考え、情報を発信し続けているNPO法人「パープル・ハンズ」事務局長で行政書士の永易至文氏のインタビュー。最後に2人だけで入れるお墓を考案したお寺「證大寺」を紹介しています。

オネエ・タレント、国政の観点、地方自治体の考え方の実態、地方在住の当事者の実際と学校教育の現実、同性カップルでの子作りと子育て、当事者の老後と終活、という柱でまとめられた特集記事。ご興味を持っていただけたら、早めに入手されてください。週刊誌なので、(在庫がある場合)ほとんどの書店・コンビニ店頭には6月11日(日)までしか並びません。
店頭にない場合はAERAの公式サイトから購入できます。

title_02

AERA 2017年6月12日号
定価:390円(税込)
発行:朝日新聞出版
発売日:2017年6月5日
   

READ  LGBTのための学校が英国で誕生する予定

ABOUTこの記事をかいた人

いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964