トランスジェンダーのリアル人生を描く映画「ハイヒール革命!」は是なのか、それとも否なのか。

2016年の第25回レインボーリール東京でワールドプレミア上映され、全国各地の映画館で順次公開中の映画「ハイヒール革命!」、ご存知ですか?
この映画はトランスジェンダー(MtF)のタレント・真境名ナツキ(まじきななつき)の半生を描いたドキュメンタリー&ドラマという、珍しいタイプの作品です。

真境名ナツキという人は、この映画で初めて知ったのですが、調べてみると7月まではニューハーフ・アイドル・ユニット”カマちゃん倶楽部”に所属。現在はスターダスト・プロモーションに所属し、今後タレント&女優として活躍していく予定だとか。
”カマちゃん倶楽部”というユニットの名前も、初めて聞きました。

ご存じない方も多いと思うので、まずは”カマちゃん倶楽部”はどんなユニットなのかご覧ください。
■カマちゃん倶楽部「カマってちょ〜だい!!」

この動画のときは5人組ですが、緑の真境名ナツキが7月で卒業。青の青木歌音(スカパーチャンネル「プリティー・ウーMEN」出演中)は6月に卒業しているので、”カマちゃん倶楽部”は現在3人組ユニットとして活動中。

そして、映画の予告編はこちらです。

■「ハイスクール革命!」予告編

ネガティブな予感にとらわれつつ本編観賞

(C) 2016「ハイヒール革命!」製作委員会

(C) 2016「ハイヒール革命!」製作委員会

さて、ここまでの予備知識を頭に入れると、かな〜りネガティブな印象を抱いてしまう方も少なくないと思います。
トランスジェンダー=ニューハーフ=オカマ、という図式で、セクシャル・マイノリティのことを理解していないストレートが作った”イロもの”的な扱いの映画なんじゃないの? と悪い予感がしてスルーされる方もかなりの確率でいらっしゃるでしょう。

実のところ、僕がその筆頭でありまして、レインボーリール東京ではこの作品はスルーする予定で取材申請をしていなかったのです。
ところが当日受付で映画祭広報の方から渡された取材用の入場チケットの束には、申請した作品と共に「ハイヒール革命!」のチケットも含まれていました。
「そこまでされたら観ないわけにもいかねーよなー」、くらいの気乗りしない状態で観始めました。

映画は、現在の真境名ナツキと実の母の会話から始まり、真境名ナツキと彼女を取り巻く人の語りを挟みながら、中学&高校時代の再現ドラマが描かれ、現在の真境名ナツキの日常を見せるノンフィクションに繋がるという、非常に珍しい構成の作品です。

ネガティブな事前予測からスルーしようと思っていたのは、”イロもの”っぽそうだなという理由ともうひとつ、マイノリティをことさら悲劇の主役にしているのではないか? という予感がしていたことです。
もちろん、一橋大学アウティング転落事件でも明らかなように、理解しようとしない周囲との関係に苦しんで居る当事者は今でも少なからずいることは事実です。しかし、当事者自身がいつまでもその苦しみに囚われすぎて悲劇の主役気分でいることを、僕は肯定できないのです。
話題の映画「怒り」でも、妻夫木聡と綾野剛がゲイ・カップルを演じていますが、「ゲイであること」が主題ではなく、物語の要素の一つにすぎません。それこそが、「怒り」の興味深いところであり、2016年のセクシャル・マイノリティの描き方だと思うのです。

ところが、この映画の古波津陽監督は、ネガティブな予想を巧みに裏切ってくれました。

予想を裏切る展開で観客をとらえる演出・構成の妙

(C) 2016「ハイヒール革命!」製作委員会

(C) 2016「ハイヒール革命!」製作委員会

保田圭に似ている真境名ナツキ嬢は、キャリアが浅いこともあるのかタレントとしてのキャラが定まっていない状態。特に撮影当時に在籍していた”カマちゃん倶楽部”と、MtFであるナツキ嬢の志向には齟齬があったとしか思えません。それは、”カマちゃん倶楽部”のオリジナルソングの歌詞はゲイ用語を散りばめたものであり、ユニットのキャラは女装のゲイをイメージさせるものだからです。そのためなのか喋ると典型的な昭和の”オカマ”ぽく(つまり少々古い、ということ)見えてしまい、好感度的には決して高くなるだろうというタイプなのです。

ドラマパートで真境名ナツキ役に、濱田龍臣という美形をキャスティング。そのままでも美形なのですが、女装をすると強烈に可愛くなる濱田君の力で、過去のドラマ部分は主役に感情移入して観ることができます。事前に予想していた通りの、周囲に理解されない悲劇的な扱いにも関わらずです。

ノンフィクション・パートで登場するナツキ嬢の母や、高校時代の友人(女子)たちが皆んな明るくて強くてカッコいいのですが、ドラマ・パートでも母役を演じる西尾まり始めとする役者たちの好演もありポジティブな気持ちにさせられます。そして、濱田君演じるナツキを自然と応援したい気持ちになってきます。

(左から)古波津陽監督、濱田龍臣、真境名ナツキ 画像引用元 http://eiga.com/news/20160717/12/

(左から)古波津陽監督、濱田龍臣、真境名ナツキ
画像引用元 http://eiga.com/news/20160717/12/

ここで終わっていれば、マイノリティであることに下駄をはかせてもらったようなかなり甘めな展開ですが、後味の悪くない印象が残ったと思います。
ところが、古波津監督の冷徹なところは、ラストに現在のナツキ嬢の日常ドキュメントをもってきたところです。

FtMの恋人と付き合いはじめたナツキ嬢は、彼のマンションで同棲をはじめます。この彼氏が、バリバリ仕事をこなして、収入もかなりあるやり手で、実にカッコいい存在。
ところがナツキ嬢は観ていてイライラするほどネガティブで、不満ばかり述べて、何もしようとしない。働きもしなければ、彼氏のために家事を頑張るわけでもなく、ダラダラと時間をムダにしていく姿が、延々と映し出されます。
不愉快になってくるほどの醜態を見せつけられながら、ふと頭をよぎるのは、ナツキ嬢は自ら悲劇の主役になろうとしているのでは? という思いです。

映画に出て来るFtMの彼氏をはじめ、僕が取材を通じて知り合ったFtMの人たち(SECRET GUYZを含め)、MtFの人たち(プリティー・ウーMENのメンバー)も、色々な過去はあったのだろうけれども、そこに囚われることなく、ポジティブに自分の世界を広げていっています。
それに比べて、このネガティブさ、内向きぶりは何だろうと、イライラが頂点に達しそうになったところで、監督はナツキ嬢に電話をかけさせます。
電話の相手は、中学時代の担任だった女性教師です。
ナツキ嬢の語る過去の記憶、そしてそれを基にしたドラマ・パートでは、この教師の無理解ぶりの酷さが描かれていて、観客は濱田君演じるナツキ嬢を苦しめた悪役としてとらえてしまう存在です。
ところが、この電話での会話は予想を裏切るもので、ここまで描かれてきた物語の根幹を崩壊させてしまうのです。

同じ過去の事実も、視点が変わるとまったく異なる印象を与える事ってよくあります。ナツキ嬢の視点で描かれて来た学生時代の話は、ことさら過大な被害者意識を抱きそうな彼女によってかなりバイアスのかけられたものなのでは? という疑いさえ湧いてきます。

(C) 2016「ハイヒール革命!」製作委員会

(C) 2016「ハイヒール革命!」製作委員会

正直、かなり好感度の低い真境名ナツキ嬢を、トランスジェンダーというだけで主演に据えて、彼女視点で語られる被害者意識丸出しの過去のドラマを本人には似ても似つかない美青年に演じさせる。事前の悪い予想通りの展開になったとしても、脚本、演出、役者の技量で後味の良いもので終われそうな所で、ラストにすべてをひっくり返す見事な構成。

古波津監督、優しく穏やかそうなルックスにも関わらず、この冷徹さ、ただ者じゃないですね。

そして最終的には、本来隠したいであろうここまでダメダメな部分をカメラの前に曝け出すことのできた真境名ナツキ嬢こそ、実は一番肚が据わっていて凄いのかも、という印象が残ったのでした。

映画「ハイヒール革命!」は全国各地で順次公開中です。
お近くの上映館でぜひご覧ください。
■ハイヒール革命! 公式サイトCtPqKXPUAAUE3Ea

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ABOUTこの記事をかいた人

いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964