LGBT の友人が”自殺したい”と言った時の対応方法

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LGBTの自殺念慮は多い

「自殺念慮」という言葉を、皆さんは聞いたことがあるでしょうか。LGBTは、他のハイリスク群と比べ、10代以前から、この「自殺念慮」を抱える者が多いという報告もなされています。「自殺をしたい」という気持ちに寄り添うのは、並大抵のことではありません。もし、目の前の友人が、「死にたい」と漏らした時、どのように反応すればいいのか分からないという人も多くいると思います。
そこで今回は、臨床心理士である私の経験から、「自殺念慮」に向き合うための秘訣を3つお伝えします。

☑「行動」から「気持ち」へ焦点を変える

自殺をするという行動を防ぐには、まず根本的に自殺をしたい動機や理由を聞くところから始まります。自殺に対する、具体的な「行動」や「計画」がありそうな場合でも、それを止めたり、むやみに否定せず、「そこまで考えているくらいに辛いんだ」という「気持ち」に、あくまで焦点を当て直します。

気持ちに寄り添う場合、焦らず、語っている本人のペースを崩さないようにします。「気持ち」を吐き出す行為を通じて、人は冷静になり、自殺に対する衝動性はやや減速し始めるといわれています。ただし、長年のストレスや我慢が飽和している場合、この「気持ち」の整理には多大な時間がかかることも覚悟しなければなりません。そして、覚悟と同時に、本人が「自分が死を選ぶほど悪ではなかった」という気持ちを冷静に保てる時間が必要です。もちろん、「気持ち」を整理する時に巻き起こる喜怒哀楽の感情は不安定なエネルギーであり、聴く側も相当な訓練が必要となります。

ただし、自殺念慮を抱えている人の中には、「それでも生きたい」という気持ちを抱えている場合が圧倒的に多いのです。よって、どのようになれば生きられるか」という選択肢を整理した上で、小さなステップ、例えば部屋の掃除をする等であれば、手伝える範囲で一緒になってやってみることも出来ます。

☑然るべき専門家や支援先に繋げる

自殺念慮を抱えた人の多くは、長年のストレスや疲労が蓄積しています。自分だけでは難しいという場合は、支援先にご相談されてもいいかもしれません。

支援先に繋げることは、決して「たらい回し」ではなく、「ソーシャルサポート」「社会資源」であると捉え、一人で抱え込むのではなく、声をあげ、社会全体で見守るための第一歩です。日本では、LGBTの支援先も、公的にはほとんど整備されていないのが現状です。声をあげづらく、社会全体で見守るほどのニーズがないと捉えられています。私が仕事等で訪問する役所でも、LGBTの支援状況について尋ねると、「そうゆう声はあがってない」と言われることが度々あります。悩み苦しんでいる人は、LGBTでも、そうでなくても、社会的な枠組みからの支援が必要です。例えば他分野で言えば、老々介護のように、介護する側、される側、ともにケアが必要なのも、LGBT支援における特色の一つかもしれません。

☑LGBTの相談窓口リスト-NHK福祉ポータル「ハートネット」より

☑自身のケアも怠らない

自殺念慮を抱えている人のすべてを無償の愛で支えてあげられるなら、それより良い事はないでしょう。しかし、人間は完全ではありません。例え、目の前の人間が、死を選んでしまっても、その責任を自身だけに課し、「自分が悪いんだ」「自分は人を救えない愚かな人間だ」等の罪悪感を一生背負う必要もまた、無いのです。身近な人との死別を経験した人もまた、ハイリスク群に含まれるといわれています。自身の中での体験を「無かったこと」にせず、相談できる人や場所、コミュニティなどを見つけながら、少しずつ自分のケアも怠らないようにしましょう。

☑死を選ぶことの権利と自殺は異なる

ここまでは、割とステレオタイプ(典型的)な対応方法について列挙してきました。ここからは、私の記事独自の見方から、「自殺」について述べますので、どうぞお疲れでない時にお読みください。

私は、「現行の規範を意識的に問い直すタイプ」の人間なので、今回のような「自殺防止」の観点を記事にする場合、生死に関わる人権の一つである「本人が死を選び取る権利」は無視していないか?ということを同時にいつも考えます。つまり、「自殺は非生産的であり、道徳に反するから食い止めなければならない」というような意識で接すると、本人の生死に関する「権利」をはく奪する恐れがあるのです。また、そのような「自殺=悪」かのようなネガティブな意識で見ること自体に、既に「規範」「偏見」が含まれている恐れがあります。

「死」という現象自体は、「善」でも「悪」でもありません。人は、「生」まれ、そして「死」にゆくものであり、死ななかった人類の前例は今のところありません。もしかしたら今後現れるかもしれません。オランダやベルギー等では、現在「安楽死」が合法化されています。これは、「自殺は悪であり、してはいけないもの」という規範意識のみで安易に自殺防止をすることを「人権侵害」として、人権救済の目的で合法化されていると考えます。これも、LGBTを含めた多様性社会を築き上げていく上で、大事な個人の権利かもしれません。

それでは、「自殺防止」は、なぜ行われるのでしょうか。

一つのヒントとして私の経験則ですが、相談を受けている中で「自殺したい」という人の多くは、対応の一番最初の項でも述べたように「生きたい」という気持ちを抱えていることが圧倒的に多いからなのです。つまり、「自殺をしたい」という人々の多くが、「死を選ぶ権利」がただ欲しいのではなく、「生きる権利」を得られない=排除されている、ことから巻き起こっている場合が圧倒的に多く、そういう意味で人権救済をする必要があるということです。

よって、「自殺」と一言でいっても、「生きる権利をはく奪された状態」の者の「生きる権利」を救済することと、「死を選ぶ権利」を欲しいという状態の人の「死ぬ権利」を救済することは、異なる状態であることに留意しなければなりません。そしてそれを相談される側が間違わないために、「自殺防止」という名のもの、体系化や理論が作られてきたのだろうと、私は考えます。

LGBTのライフイベントの中で、「社会的に排除されてきた」ために、「生きる権利」をはく奪される状態にある人は多数います。そのような状態に陥っている人に対して、「自殺は悪であり、してはいけないもの」という規範意識から、安易に「死んじゃいけない」と口にする前に、一度立ち止まって、その人の「生きる権利」と「死ぬ権利」の両方を考えながら接する態度もまた、新しい変化をもたらすかもしれません。

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1988年、最後の昭和生まれ。島根県出身。 元々男性、元女性、現在X、時々ゲイ。ジェンダークィアな臨床心理士、スクールカウンセラー。 シスノーマティヴィティやゲイカルチャーのに興味あり。 年間38万件にも上るLGBT専門相談に約4年従事。その他、大学や女性センター、小中学校等で派遣講師を務める。 専門家としてだけはなく、ピアサポーターとして、そして個人として、LGBTを取り巻く状況をタイムリーに伝えます。 都内公立小中学校のスクールカウンセラー、教育センター、児童相談所勤務。NPO法人共生社会をつくるセクシュアルマイノリティ支援全国ネットワーク運営委員、NPO法人ReBit専任LGBTキャリアカウンセラー、NPO法人ピアフレンズ理事。