元ゲイ雑誌編集長が語る映画「ムーンライト」これ本当に”ゲイ”映画なの?

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2017年2月27日に発表された第89回アカデミー賞で、LGBTを描いた作品が初めて作品賞を受賞したと話題になった映画「ムーンライト」。もうご覧になりましたか? 見る人によって様々な解釈ができるこの作品、多くの人と語りたくなる魅力があります。そして単純に「ゲイ映画」と言い切ってしまうには、少々複雑な面も内包している作品でもあります。
僕の場合は、
初見で抱いた印象→異なる印象を抱いた人との会話→再度見て大きく変わった印象
というステップで変化してきたこの映画の印象をご紹介します。

【ネタバレ注意】
この記事では、映画「ムーンライト」のラストに関する記述が入ります。まだ未見で、白紙の状態でこの映画を楽しみたいとお考えの方は、作品をご覧になってからお読みになることをお勧めします。

 

ラブストーリーとして見た「ムーンライト」

黒人、貧困、いじめ、ドラッグ、ゲイが描かれる作品という前評判は聞いていたのだけど、最初に見た時はかなりピュアなラブストーリーが芯に貫かれているなという印象が残りました。
つまり、主人公シャイロン(字幕では”シャロン”と記されています)と幼馴染のケヴィンの大河ラブストーリーだなと感じたわけです。

禍福は糾(あざな)える縄の如し」と言いまして、幸福と不幸は縄のように絡み合っているので表裏一体であり、どちらか一方だけに見舞われることはない、という意味です。

子供時代からのシャイロンを見ていると、まさに不幸の連続。
あまりにも辛い時代の僅かな救いが、

・父親のような存在となってくれたフアンとの出会い
・常に自分の味方でいてくれたケヴィン(そして彼との性的な経験)。

しかし、どちらも表裏一体で押し寄せる不幸

・フアンは母にドラッグを売っていた売人
・2人の間に性的関係が生じた翌日いじめの片棒を担がされたケヴィンに衆人環視の中で殴り倒される

が巨大すぎてシャイロンの人生はより辛くなるばかり。
どう考えても禍福の”禍(不幸)”ばかりが多すぎるシャイロンの人生ですが、大人になったシャイロンの前に、

・薬を抜き過去を懺悔する母の愛
・少年時代から好きだった想いを抱き続けたケヴィンとの愛

という2つの愛が現れて、少しは禍福の”福”を取り戻せたというラストなんだなあと感じました。

幸福がたっぷり描かれた後に怒涛の不幸が押し寄せる、というのがよくあるドラマの典型。
ところが「ムーンライト」は、山ほどの不幸を描いた後に僅かな(でもシャイロンにとってはとても大きい)幸せが描かれるという構造。
これはなかなか面白い、と思っていたのですが…….。

本当にラブストーリーなのか? という疑問

とある花見で上記のような感想を話したところ、2人の年下(40代)のゲイから猛烈な反論に遭いました。

・そもそも、あのラストに幸福を感じ取る方がおかしい
・今さら最低の母に「愛してる」とか言われても仕方ない
・ケヴィンはゲイではない
・ノンケ男(ケヴィン)の気まぐれで電話してきただけ
・それを間に受けてホイホイ会いに行くシャイロンもどうかしてる
・学生時代にあんな目に遭わされたにも関わらず電話一本でケヴィンを許すのか?
・あの年まで、他の誰とも一切性的な関わりがないシャイロン はゲイですらないのでは?
・ゲイ映画と括られることもおかしい

散々悪し様に言っているようですが、共通しているのはお2人とも映画としての評価は非常に高いのです。
しかし、甘っちょろいロマンティスト的(←というか、多分これが本性)な感想を僕が口にしたことで(酒も入っていたので)激昂されたのか、ケチョンケチョンに叩かれました。

であるなら、もう一度見るしかあるまい、と再度映画館に向かうことにしたのです。
そして、初見の時とは少々異なる印象を抱くようになりました。

シャイロンのセクシュアリティは”デミセクシュアル”?

まず、この映画が「ゲイ映画」という括りでいいのか? という問題から。
確かに、シャイロンとケヴィンの性的交渉を伴った関係が物語を貫く軸の一つとして描かれています。
しかし、単純に「ゲイ映画」と言い切ってしまうことには少々疑問が湧きました。

子供時分から性的に進んでいたケヴィンですから、高校時代に幼馴染で奥手なシャイロンに性的いたずらを仕掛けるというのは割に不思議ではないこと。
思春期の男子同士での性的なじゃれあいは、日本でもよく聞く話であります。
その翌日に巻き起こった騒動でシャイロンの人生を変えてしまったという罪悪感をケヴィンは引きずって生きてきたでしょうし、成人したある日、贖罪の気持ちで電話をかけただけのようにも思えます。

一方、シャイロンはどうでしょう?
子供の頃から”faggot” (ホモ、オカマ)と罵られいじめられてきましたが、それはチビで貧弱で、かつ歩き方に由来するものであり、当時のシャイロンが男に対して興味を抱くような描かれ方は全くされていません。
そんな奥手なシャイロンが性的に目覚め始めた高校時代に見る悪夢は、ケヴィンが女性と性交渉している現場を見てしまうこと。
その後、ケヴィンとじゃれあい程度の性的交渉があった以降、超マッチョな大人の男に成長した後も誰とも性的交渉を持っていないシャイロンは告白します。
見るからにフェロモン剥き出しのシャイロンの人生で、ケヴィンとのじゃれあい以降、誰とも性交渉がないというのは、彼をゲイとして考えると非常に不自然な印象が残ります。

”シャイロンの性的指向は男に向いているのではなく、幼馴染のケヴィンにしか向いていない。”
こう考えると、シャイロンの言葉も説得力を持って聞くことができます。
(シャイロンがその言葉を知っているかどうかは別にして)彼のセクシュアリティは「ゲイ」と言うよりも「デミセクシュアル」であると考える方がしっくりくるのです。
デミセクシュアル・・・強い感情的な絆がすでに築かれている関係の場合にのみ、人に対して性的に惹かれる(Asexualityarchive.com より)

ここで、初見の時には「禍福は糾(あざな)える縄の如し」の禍(不幸)が多すぎたシャイロンの人生に少しばかりの幸福が現れたエンディング、だという印象が大きく変わってきました。

ケヴィンからのいきなりの電話を受けて、明らかに喜びを表すシャイロンは、まるで初デートに向かうティーンの男子のごとく、いそいそとアトランタからマイアミのリバティシティまで数100キロも車を飛ばしてケヴィンに会いに行きます。
再会した瞬間、ケヴィンは明らかに動揺を見せます。
それはそうでしょう、長く引きずってきた罪悪感をやっと謝罪することができ「いつか再会することがあったら」という前提で話した旧友が、電話してから程なく目の前に現れたのですから。

甘っちょろいロマンティストの僕は、初見時にはケヴィンもシャイロンに対して何らかの愛情を抱き続けてきた、と思い込んで見てしまっていたようでした。

再びケヴィンとの間で何らかの性的関係が持てたことを示唆するラストシーン。
シャイロンにとっては、やっと手に入れたしばしのやすらぎの瞬間であるのでしょう。
しかし、そこに流れる空気感には、ある種沈痛な雰囲気さえ漂っています。
果たして、ケヴィンは再びシャイロンと性的な関係を結ぶことを望んでいたのでしょうか?
そんなことさえ、考えてしまう空気感でした。
この2人の間に、この先に明るい未来がつながっているような希望は全く感じられませんでした。
離婚したとはいえ子持ちでストレート男性のケヴィンとの間に、今後も友情以外の関係を築くのは実際のところ不可能でしょう。

二回目の鑑賞では、シャイロンのセクシュアリティや、ケヴィンとの間の関係など「ゲイ映画」なのかということ以上に、これが映画の主題ではないかと深く印象に残ったことがあります。
それは子供時代のシャイロンにフアンが語った
「自分の人生は自分で決めろ、他人に決めさせるな」
というものです。

父親不在の家庭で育ったシャイロンにとって、フアンは父親のような存在。
母にドラッグを売る憎むべき存在でもありながら、また憧れの存在でもある複雑さ。
そして刑務所で知り合った仲間の紹介でドラッグのディーラーになったシャイロンは、かつてのフアンのようにのし上がっていきます。

しかし、これが本当に「自分で決めた人生」なのでしょうか?
ケヴィンとの会話の中で、自分の仕事について言い淀む時のシャイロンの自信なさ気な表情は、かつて子供の頃のシャイロンに
「ドラッグのバイヤーなの?」
と問い詰められた時のフアンと同じようだと感じました。

詳細には描かれませんが、幸福とは言えない人生の終わり方をしたフアン。
そんな彼と同じ生き方しか選ぶことのできなかったシャイロンに、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」の言葉通りに、今後幸せな未来が待ち受けているのでしょうか?

ドラッグ依存症患者の矯正施設で会ったシャイロンの母の「(いつか)逮捕されるためにドラッグディーラーを続けているのか?」という問いが、満月の海で泳ぐ青く輝くシャイロンにオーヴァーラップして、あまりにも切ない印象のまま、幕が引かれていきました。

あなたは「ムーンライト」をご覧になって、どのように感じられましたか? 人によって様々な印象が残るから作品だからこそ、この映画には深く心に刻まれる魅力があるのでしょう。ぜひ、あなたの周囲でこの映画を見た方と感想を語り合ってみてください。また違う切り口で見直すことができると思います。

ムーンライト日本ポスター

ムーンライト
MOONLIGHT
監督/バリー・ジェンキンス
脚本/バリー・ジェンキンズ、タレル・アルビン・マクレイニー
製作総指揮/ブラッド・ピット
出演/トレバンテ・ローズ、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、アンドレ・ホーランド
配給/ファントム・フィルムズ

公式サイト
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ABOUTこの記事をかいた人

いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964