ゲイが語る痛くて過酷な青春ゲイ映画「ハートストーン」の魅力

7月15日(土)より公開が始まったアイスランド映画「ハートストーン」をご存知ですか?
宣伝ではイマイチぼかされていますが、この作品は、性に目覚める思春期に同性の親友に恋する自分に気づいてしまった青年の心の葛藤を描く興味深いゲイ映画なのです。
ベネチア国際映画祭、シカゴ国際映画祭で最優秀LGBT映画賞を受賞しているこの映画の魅力をご紹介しましょう。

まずは、予告編からご覧ください。

ハートストーン

この感情は、思春期の惑い? それともゲイの目覚め?
心も肉体も傷つき痛い過酷な夏は少年を男に変えていく。

HEARTSTONE_15_re

■こんな人にオススメしたい

・保守的な田舎でゲイであることと折り合いをつけられず苦しんだ経験のある男性。
・同世代の男子に、残酷な意地悪をすることで喜びを覚えた経験のある女性。
・萌えるのは思春期に差し掛かった男の子たちの性の芽生えの瞬間だよね、というすべての人。

■物語
舞台は、東アイスランドの海沿いの小さな漁村。
豊かな大自然以外に何もないその町に住む少年たち、ソールとクリスティアン。
常に一緒に行動する2人は「仲良しカップル」と囃し立てられたりもしている。
ソールの両親は離婚し、母と2人の姉と共に暮らしている。
母であり、女性としての幸せも追いかける母の生き方に、思春期の2人の姉は反発している。
クリスティアンは一人っ子、マッチョ思想でゲイ嫌いの粗暴な父と母は折り合いがよくなさそう。
それぞれ家庭に問題を抱える2人だが、何もない町ならではの青春を送っていた。
大人びた美少女ベータのことが気になり始めたソールの気持ちを汲んで、クリスティアンは2人をくっつけようと行動する。
そして、ベータと親友のハンスと、ソールとクリスティアンは4人で共に行動するようになる。
思春期の男子らしいソールの性の目覚めと、それを巧く誘導していくベータ。
青春時代らしい男女の姿を、クリスティアンは複雑な表情で見るしかなかったのだが…..。

base (1)

■解説

アイスランドはグリーンランドの南東方にある島国。
北海道と四国を合わせたぐらいの面積の土地に、33万の人口を抱えている。
小さな国ながら、アイスランドの映画製作は近年、世界各国の映画祭で注目を集めている。
『ひつじ村の兄弟』、『好きにならずにいられない』、『馬々と人間たち』などは国際映画祭で高い評価を得た。
今作のグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督は1982年生まれの新鋭。
2013年製作のショートフィルム『クジラの谷(原題:Whale Valley)』はカンヌ国際映画祭短編部門で特別表彰、ヨーロッパ映画賞で短編作品賞にノミネートされた。
そして、この「ハートストーン」が初の長編劇映画となる。
「ハートストーン」はベネチア国際映画祭クィア獅子賞(最優秀LGBT映画賞)、シカゴ国際映画祭ゴールドQヒューゴ賞(最優秀LGBT映画賞)、ワルシャワ国際映画祭最優秀監督賞など様々な国際映画祭で40以上の賞を受賞している。

作品タイトルのハートストーンは、アイスランド語の題名『Hjartasteinn』を直訳したもの。
監督が「Heart(ハート:温かい感情)」と「Stone(ストーン:厳しい環境)」という2つの単語を1語に合わせて作った造語であり、詩的な形でこの映画にとても良くフィットすると感じ名付けたという。

Heartstone_03

■注目点

豊かな大自然、と言うと美しい光景を思い浮かべがちではないですか?
しかし、この映画で描かれる東アイスランドの大自然は、決して美しいばかりではありません。
荒涼たる、という言葉がピッタリくるような寒々しい田舎の漁村では、常に生き物の死が日常の隣り合わせにあります。
あまりにも暴力的な子供達による漁、放置され虫がたかっていくまで腐敗する魚、逃げるために鳥自らが食いちぎった足だけが残された罠、野良犬に噛まれたため殺処分される羊…….。
画面から血なまぐさい匂いが漂ってきそうなほど、血が流され、肉が傷ついていきます。
そして、それは人間も例外ではありません。
建物すらまばらで一見開放感を覚える田舎町も、特有の相互監視されているような閉塞感が充満していて、そこに住む人々の精神をじわじわ蝕んでいるようです。
その鬱屈が苛立ちを生み出し、何かきっかけがあると暴力という形で暴発します。

そんな痛くて辛い環境の中、幼馴染の大親友に恋をしていると気づいてしまった青年の孤独さたるや。親友の恋のキューピッドになり手を貸しても、二人の精神的かつ肉体的距離が近づいていくのを側で見させられるのは、地獄の業火で焼かれるような苦しみでしょう。
周囲の男たちや、そして何より親友に合わせるように女の子と付き合おうとしても、その関係から得られる安らぎや幸せはありません。

マッチョ思想で無骨な乱暴者の父親は明らさまなゲイ・フォビア。
田舎町に住む粗野な若者たちに心許せる相手はいない。
同世代の女子たちはわざと無神経な意地悪を仕掛けてきてイラつかせる。
ただ一人の心の拠り所の親友は、女子と恋に落ちてからは以前ほどしっくりこない。

様々な要因がのしかかり、若者の精神が傷ついていく様はあまりに辛く厳しいです。
閉塞的な状況から抜け出す方法はあるのか?
そして親友への想いは成就するのか?
田舎町で思春期を過ごしたゲイならば、感情移入できること確実。
同世代の男子をわざと無神経にいじめたことがある元少女たちは、作中の女子たちに気持ちをシンクロして楽しめるかもしれません。

ひっそり公開、ひっそり上映終了させるのはあまりに勿体ない、痛くて切ない青春ゲイ映画。
ぜひ劇場でご覧になってください。

poster

『ハートストーン』
【原題】Hjartasteinn
監督・脚本:グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン
製作総指揮:ラルス・ビヨルン・ハンセン、ラース・ブレード・ラーベク
出演:バルドル・エイナルソン、ブラーイル・ヒンリクソン ほか
2016|アイスランド、デンマーク|129 分|アイスランド語
後援:アイスランド大使館
配給・宣伝:マジックアワー
YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

公式サイト
公式FACEBOOKページ
公式Twitter
公式Instagram

READ  ゲイが語る映画ストーンウォール問題、その欠陥とは?

ABOUTこの記事をかいた人

いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964