女学生の間で大流行!女の子同士の友情以上、恋愛未満
「エス」という関係をご存知ですか?
「エス」とは、大正時代から昭和初期にかけて女学生の間で流行した、女の子同士の特別な関係のこと。「シスター(姉妹)」の頭文字をとった名称とされています。エスの二人は、下級生は上級生を「お姉様」と呼び、文通をしたり、二人で遊びに行ったり、ただの友達や先輩後輩ではない強いつながりを持つのです。少女雑誌には相手に焦がれる女学生たちの悩みが、現代の恋愛相談さながらに投書されていました。
2000年代に大ヒットしたライトノベル『マリア様がみてる』のような世界が、漫画や小説だけでなく現実にもあったのです。今回はそんな『Lの世界』ならぬ『エスの世界』について、エスにまつわる書籍のご紹介を交えながら深めていきたいと思います。
お嬢様だけの世界、その光と影
当時の女学校に通えるのは、裕福な家に生まれ教養のあるお嬢様だけ。家柄はもちろん、勉学も、裁縫など当時でいう花嫁修業的なことも出来なければいけませんでした。当然、結婚前の異性との交遊は御法度。そんな環境下で、憧れの人とエスの関係を結ぶことはどれだけ少女たちの胸をときめかせたことでしょう。
選ばれしお嬢様たちが友情以上の関係を結ぶ…と聞くとロマンチックな印象ですが、その背景は「女性は結婚して子供を産むのが当たり前」とされていた時代。エスは卒業と同時に解消せざるを得ない、泡沫の関係でもありました。在学中どんなに仲が良かったエス同士でも、卒業し結婚すれば若かりし日の思い出として胸にしまわれることがほとんどでした。中には思いつめて心中してしまった女学生もいたそうです。強くお互いを想い合っていた二人にとっては、辛い世相でもあったのでしょう。
「エス」という文化は今はもうありません。しかし、彼女たちが残した文化は今でも輝かしく歴史に残っています。それらを紐解くためのおすすめ書籍を皆さんにぜひご紹介したいと思います。
乙女たちの生活や文化がまるわかり!『女學生手帖』
エスはもちろん、当時の制服や学校生活、女学生の文化が写真つきでわかりやすくまとめられている秘蔵の一冊がこちら。編集には叙情画を多数展示する弥生美術館の名前が。この時点でもう間違いありません。
メールも電話もない時代ですから、文通が少女たちの主な交流の方法でした。この『女學生手帖 大正・昭和・乙女らいふ』では、人気があった可愛らしいレターセットや、お手紙例文集が載っています。
その中でも、お姉様への熱い想いを綴った手紙は必読。現代でも女子だけの学校はありますが、「あたしは幸福です。お姉様とお机を並べることが出来たのですもの。」なんて、今時の女子校生は言ってはくれないでしょう…。エスの関係は恋愛とはまた別物とされていますが、“同性との両想い”への喜びに溢れたこの手紙、レズビアン的にはかなり共感するところも多く号泣もの。筆者が初めてこの本を読んだ時は中学生だったので、どうして今の学校では同じことが出来ないんだ!と悔しくもなりました。若さ溢れる真っ直ぐな慕情が伝わってきて、レズビアンでなくても胸を震わせてしまうことうけあいです。
『嗚呼、憧れのお姉様!』と題したコーナーでは、少女雑誌に頻繁に登場した女性有名人たちが紹介されています。今のティーンエイジャー女子向けの雑誌にはイケメン俳優や男性アイドルがよく載っていますが、当時はそうした憧れの対象になるのも同性である女性だったのですね。同性にキャーキャー言っていても変な目で見られることはなかったのです。う、うらやましい…。
エスを題材にした小説も当時の挿絵付き(!)で多数掲載されています。中でも吉屋信子の作品は、この頃の少女小説の代表でありエス小説の金字塔。吉屋信子を読まずにエスを語るな、というムードさえあります。
この『女學生手帖』で背景を知り、掲載されている小説を試し読みしてみてから吉屋信子を読めば、さらにエスの世界を理解出来るでしょう。
あの文豪もエス小説を書いていた!『乙女の港』
川端康成。文学にうとい方でも、教科書で彼の名前を見たことはあるはず。美空ひばり、吉永小百合、山口百恵といった名だたる大スター主演で何度も実写化された『伊豆の踊り子』の作者です。この川端康成も、少女雑誌にエスを題材にした小説を書いていました。
復刻されていて現在でも読めるこの『乙女の港』。主人公・三千子が二人の上級生に手紙をもらうことから物語は動き始めます。それぞれ「お慕わしき三千子さま」「ひそかなる我がすみれ嬢へ」で締めくくられるこの手紙。なんてポエミーで甘美なのか!
以前こちらの記事でご紹介した『おにいさまへ…』のような麗しい世界観です。
二人のお姉様の間で揺れ動きながらも、気品溢れる上級生・洋子と親睦を深めていく三千子。しかし、洋子にはある不穏な噂があったのでした…。
この作品の注目すべきところは、女学生たちがどうやってエスの関係を始めるのか、エスの交流がどんなものなのかが細やかに描写されている点でしょう。
中原淳一の挿絵も当時のままに掲載されており、ページを彩っています。当時の女学生になった気分で読んでみてはいかがでしょうか。
現代を生きるエスを描いた名作『ミシン』
ここまで読んで、「ふんふん、つまりエスって昔のことでしょ?」とお思いのあなた!確かに流行したのは昔の話です。しかし、近年の本の中にもエスを主人公にした物語があるのですよ。それがこちら。
作者の嶽本野ばら氏は、前述の『女學生手帖』にも特別寄稿をしています。
この本の表題作『ミシン』の主人公は現代(2000年代)の女子高校生。彼女は流行には目もくれず、吉屋信子の小説を読みふけり、耽美なエスの世界に憧れを抱いていました。そんな時、たまたまテレビで見かけたパンクバンドの女性ボーカル・ミシンに心を奪われ、彼女はミシンに近づくために恐るべき行動を起こすのです…。
大正〜昭和初期の文化を愛する主人公の一人称で繰り広げられるこの小説には、レトロカルチャーへの豆知識がたくさん散りばめられています。吉屋信子をはじめ、エスについてもばっちりと解説してあります。そして主人公は現実世界に憧れの女性を見つけ、接近していくのです。
エスに関する知識はもちろん、現代のエスの生き様が見事に描かれた本作。ミシンへの激しい想いを原動力に動く主人公のひたむきさ、そして情念の恐ろしさは読者の心に深く突き刺さります。
発売当時小学生だった筆者は、男女のラブストーリーばかりの世間に圧迫感を感じ「女の子同士で恋愛っぽくなる物語はないのか?」と探し歩いていました。そんな時に出会ったのがこの『ミシン』でした。可愛いだけでは済まない、毒いっぱいの物語ですが、根底に描かれるのはとても純粋な感情。エスへの知識を深めたい方、必読です。
耽美で切ないエスの魅力
いかがでしたか?同性に憧れるのが当然だっただなんて、いいなあと思う反面、限られた時間の中でしかゆるされなかったエスの関係に切なさを感じますね。ぜひおすすめ書籍を読んで感想をお聞かせください。
画像出典:
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