エイズの末期症状|愛する人がHIVで死ぬということ

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※前回の記事はこちらをご覧ください。

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衝撃の病室から離れて

思いがけない再会をして家に帰ると、私は張り詰めていたものが解かれたのか、部屋で座り込みしばらく動けなくなりました。テレビをつける気力もなく静かな部屋でぼんやりしていると、感染しているかもしれないと告げられた瞬間が浮かんできました。もし私と性交渉があった時にすでにHIVに感染していたのであれば、コンドームを付けずに彼と性行為をしていた私もきっとそうであろうと思いました。でも彼を責める気にはなれませんでしたし、自分も陽性ならば私は彼の横を同じ立場で一緒に歩いていける立場になれるような気がしたのです。

喧嘩をしなければ彼はHIV感染をする事もなかったかもしれないし、もしすでにHIVであったとしてもこんなに重症化する前に気付けたはずです。自分も感染し彼と人生を過ごす事が、私の贖罪と考えていたのかもしれません。彼が退院したら同居をしてずっと支えていこう、もしかしたら私の頭の中は、彼の考えている事を無視して先走っていたのかもしれません。

目の当たりにした、AIDSの症状の重さ

翌日、病室が相部屋から個室に変わったと連絡がありました。「おむつをしているんだけど、それは自分で負担して欲しいと言われたから買ってきて欲しい」彼の頼みづらそうな雰囲気が文字からも伝わってくるようでした。

仕事が終わりドラッグストアで大人用のおむつを買って病院へ行くと、ナースステーションのすぐ横の個室に移動していました。昨日は緊急入院で相部屋となったけれど、症状が重いために改めてこの場所になったのでしょう。

突然の連絡や痩せこけた彼の姿を目の当たりにした事で冷静に見られない部分もあったのですが、今日改めて個室で横になっている彼を見ると、止まる事のない咳にわずかな体力さえも奪われていくという現実がありました。様々な管に繋がれた彼を見ていると、自分の意志ではどうする事もできない心の裏側から人の死の匂いが漂ってくるのです。その垂れてくる暗幕を必死で払いのけるように、私は余計な事を考えず彼のためにできる限りそばにいるようにしました。

看護師から渡される清拭用のおしぼりで彼の身体を拭いたり、ベッドの上での歯磨きを手伝ったり、同じ階にあるコインランドリーでお気に入りのタオルやパジャマを洗濯するなど、彼の入院生活が少しでも快適になるようにいろいろとやってみました。

本当は彼が思っている辛い気持ちや離れていた時の事をたくさん聴きたかったのですが、精神的にも弱っているこの状況ではとても聴けず、何より酸素を吸っていてもひどく息苦しそうで少し長めに話す事さえも難しくなっていました。私は会話をする代わりに骨が目立つようになった手の甲をさすり、土気色の顔をしっかりと見るようにしました。

付き合っている時でもこんなにしっかりと相手に触れて視線を交わしていただろうか。たった数ヶ月距離を置いただけであまりに変わり果てた彼の姿を見て、私は喧嘩をする前に彼とどう付き合っていたのかすぐには思い出せなくなっていました。

押し寄せる不安

彼が回復したらその後の生活はどうしたらよいのか、一緒に住んだとしてもお金は大丈夫なのだろうか。もし私が感染していた場合は何をすべきか、家族に言わなければならないのか。あの時争わなければ彼は病気にならなかったのか、もしその時点で感染していたとしてもここまで症状が酷くならなったのか。

何より彼は助かるのか…気を抜けば不安は容赦なく忍び込んできます。

私でさえもこれだけ考え込んでしまうのだから、彼はさらに苦しいはず。せめて私だけはしっかり気持ちを保ち、できる事を探していこうと思いました。しかし病気はそんな小さな決意を簡単に吹き消します。入院して数日しか経っていないのに、彼の症状がさらに悪化していきます。医者でも看護師でもない私でさえもそれがわかるほどでした。咳の回数もさらに増えてそのたびにかかる腹圧が辛く顔が歪みます。

視線もどこか遠くを見ている事が多くなり、彼の姿も心もより透明に近くなっていくのを感じました。私はもしかしたら来るべき日の事を覚悟しなくてはいけないのか、そう思い始めてしまった時に窓の外を見ていた彼の口から短い言葉がかすれながら飛び出しました。

「ここから飛び降りたら…楽になれるかな?」

つづく

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画像出典:PATHWAYS IN MUSIC

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