#NotMyStonewall で全米のLGBTがキレてます
「インディペンデンス・デイ」「ゴジラ」「デイ・アフター・トゥモロー」「2012」などメガヒットを連発するハリウッドの人気映画監督ローランド・エメリッヒの新作映画「STONEWALL」が9月に全米で公開されます。8月5日に予告編が公開されるや、アメリカのLGBTの間で不満が爆発! Twitterには「#NotMyStonewall(これは我々のストーンウォールではない!)」というハッシュタグができ、この映画を批判したり皮肉るツイートが続々とアップされる事態となっています。エメリッヒ監督の新作映画「STONEWALL」のどこが怒りをかってしまったのか、ご説明いたしましょう。
まずは「STONEWALL」の歴史的背景から
みなさんは「STONEWALL INN」というニューヨークのバーをご存知ですか? 当然知ってるよ、という方も多いでしょうが、よく分からない方もいらっしゃるでしょうから基本的なところからお話します。この店はアメリカにおけるLGBT権利獲得運動の象徴となっている存在なのです。
全米で同性婚が認められたという2015年からは想像もつきませんが、50年以上前の1960年代当時、アメリカの全州には「ソドミー法」というものがありました(すべての州で撤廃されたのは2003年です)。これは「生殖行為を伴わない自然に反する性行為は違法である」とするもので、主に標的とされたのは同性愛なのです。本当にくだらないですよね。
こんなくだらない法律のために、その当時のLGBTはあからさまな迫害を受けていました。特にガチガチの保守的な田舎にはLGBTの居場所はなく、少しでも自由の雰囲気がある大都会ニューヨークに多くのLGBTが集まっていました。「STONEWALL INN」は当時、LGBTが集まりコミュニティが形成されていたクリストファー・ストリートに立ち並ぶバーの一軒です。しかし田舎に比べれば自由を感じられるニューヨークですらソドミー法が成立してしまったわけで、そこは決してLGBTにとってのパラダイスではありませんでした。クリストファー・ストリートのバーは定期的に警察官に踏み込まれ、そこに居合わせた人の名前などを新聞で公表したり、女装していることを理由に拘束されたりということも珍しくありませんでした。
そんな状況でLGBTが黙って迫害を受け入れ続けた訳ではありません。これは不当であるという訴訟を相次ぎおこしたり、差別撤廃運動がじわじわと広がっていきました。1965年に改革を旗頭にした共和党リベラル派のジョン・リンゼイがニューヨーク市長に当選し、あからさまなLGBT迫害は減少していきました。ところが1969年6月28日金曜日に歴史的な事件が勃発したのです。
この週二回目の警察官の踏み込みを受けた「STONEWALL INN」。時間は金曜日の深夜1時すぎであり、店内は200名程度の客でごった返していたようです。この店は酒類販売の免許をもっていなかったため従業員の一部と、身分証明書を持たない人と、異姓装をしていた人が逮捕されました。いつものように逮捕された人たちが護送車に乗せられるのを取り囲む群衆。それまでは、そのまま護送車が走り去るのを見守るだけだったのですが、この日は違いました。そこに集まったLGBTたちが警官に悪態をつき、物を投げ始め、しまいにはビール瓶で警官が殴られるなどをきっかけに大暴動がおこったのです。7月2日の夜まで何回も続いたLGBTと警官との衝突は「ストーンウォールの反乱」と呼ばれ、これを転換点として全米でのLGBT権利獲得運動が加速していきます。翌年1970年6月最終日曜日にストーンウォールの反乱一周年を記念して5000人以上の男女がグリニッチ・ビレッジからセントラル・パークまで行進しました。これが現在は世界各国で開催されているプライド・パレードのはじまりとされています。2015年、全米で同性婚が認められたのは、この運動のひとつの到達点と言えるでしょう。
歴史は目撃者の証言で作られて行く
さて、このストーンウォールの反乱は計画的に興されたわけではなく、何らかの要因が重なり偶発的に起きたものです。こういう時に、全体を俯瞰して冷静に記録を取っている人は当然ながらいません。どういうきっかけで何が起きたのか? という事実は、後からそこに居合わせた人たちの証言で構成され語り継がれていくしかないのです。
そしてアメリカのLGBTコミュニティで現在まで語り継がれている歴史では、この日暴動の口火を切ったのは、プエルトリコ系トランスジェンダーのシルビア・リベラさんとその親友であり「STONEWALL INN」に出演していた黒人ドラァグ・クイーンのマーシャ・P・ジョンソンさんであったと伝えられています。この2人はその後「ゲイ解放戦線」「ゲイ活動家同盟」の主要メンバーとしてLGBTの権利獲得運動の中心メンバーとなって行きます。
歴史的重要人物が、白人イケメン男性になっている!
ところが、8月5日に公開された「STONEWALL」の予告編を見ると、この反乱の口火を切ったのは映画の主役である白人ゲイ男性として描かれているようにしか見えないのです。その問題となった予告編をご覧ください。
LGBTの間で語り継がれて来た大切な歴史のきっかけとなった重要人物が、有色人種でもなく、ドラァグでもない、シスジェンダー(生まれつきの生物学的身体と性自認が一致している)の白人ゲイ男性(役名はダニー)に書き換えられてしまった! これはホワイトウォッシング(事象のすべてを白人に寄せて描き直す、うわべを飾るという意味)だと、アメリカのLGBTの怒りは凄まじく、twitterには[#NotMyStonewall]のハッシュタグを使っての批判が溢れかえっています。そして、本家の予告編を皮肉ったパロディ版が作られ人気を集めています。
結構良く出来ているこのパロディ版の随所には、怒りのメッセージが表明されています。
例えば、
・冒頭のレイティングのクレジットが「この予告編は白人中流階級向け」
・白人野郎がクレジットを盗みやがった
・「インディペンデンス・デイ」「ゴジラ」「2012」「デイ・アフター・トゥモロー」の監督が贈る新たな”映画的災厄”
・一体、ダニーってのはどこのどいつだ?
そして作品のタイトルも「STONEWALL-ish」(ストーンウォールっぽい)と変更されています。
ドキュメンタリードラマなのかフィクションなのか?
オリジナルの予告編をよく見ると「BASED ON YHE TRUE STORY」(事実を基にしている)ではなく「INSPIRED BY THE INCREDIBLE TRUE STORY」(驚くべき事実に触発された)、と表記されています。つまり、元々制作側はストーンウォールの歴史を忠実に描くドキュメンタリードラマを作るつもりはハナからなかったのではないか、と推測されます。しかし、監督のローランド・エメリッヒはゲイである事をカミングアウトしているし、LGBT権利運動への支援も行っています。またTVシリーズ「ブラザーズ&シスターズ」(LAの白人家族の物語、ゲイの次男が登場する)のプロデューサーとしても知られる脚本のジョン・ロビン・ベイツもゲイである事をカミングアウトしています。そのために期待が大きく膨らんだのも仕方がないし、またそれゆえに失望感も大きくなってしまったのでしょう。
個人的には、「ゴジラ」を大トカゲの化け物にしてしまい世界中のゴジラ・ファンを裏切り傷つけたエメリッヒが「またもやらかしたやがった!」、という気がしてならないのですが……。9月に公開される本編が、アメリカでどのような評価を得るのか注目していきましょう。そして現時点では決定していないようですが日本で公開されるのかにも、また注目です。
映画「STONEWALL」
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画像引用先
STONEWALL ポスター: out.com
シルビア・リベラ: Sylvia Rivera’s Legacy of Resistance
マーシャ・P・ジョンソン: MARSHA P. JOHNSON