4月の東京レインボープライドを始め、秋には名古屋、大阪、福岡で毎年プライドパレードが開催されています。他にも春には青森で、そして今年秋には横浜でも開催されます。
各地のパレードに参加しては、セクシャル・マイノリティであることを堂々とアピールしながら街を歩くという、その独特の雰囲気を体験された方も少なくないと思います。
日本でもすっかり浸透してきたプライド・パレードですが、これはいつ、何がきっかけで始まったのか、ご存知ですか?
そのプライド・パレードが始まるきっかけを描いた映画「ストーンウォール」が2016年12月に日本で公開されることが決定しました。
ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」といえば、2016年6月にこんなことがありましたね。
オバマ大統領が発表!ニューヨークのゲイバーが国定史跡に!
さて、アメリカの国定史跡にもなった「ストーンウォール・イン」にまつわる映画「ストーンウォール」。第25回レインボー・リール東京で作品上映前に流された本作の予告編第一弾をご覧ください。
セクシャル・マイノリティ当事者(もしくはアライ)としては、
「これは見なきゃいけない映画なのでは?」
と感じる方も少なくないと思います。
でも、この映画は大きな問題を抱えているのです。
歴史のキーマンの人種&セクシャリティを変更して当事者激怒
この作品が全米で公開されたのは、2015年秋。
同年夏に予告編が公開されて詳細が明らかになると、全米の当事者からは批難の嵐となりました。
その時の状況をもとに、2015年夏に書いた記事がこちらです。
同性愛者たちが大激怒!新作映画 “STONEWALL”に批判殺到
予告編が公開された時に、なぜ批難の嵐となったのか、要点をまとめましょう。
セクシャル・マイノリティの市民権獲得運動が大きくなるきっかけとなった「ストーンウォールの反乱」。
名前は聞いたことがあっても、その詳細はぼんやりとしか知らない方も多いでしょう。
でも、これがプライド・パレードのきっかけであり、(日本はまだですが)世界各国で同性婚が認められる流れを作ってきた起源なのです。
Wikipedia日本語版で、「ストーンウォールの反乱」前後から最近までの流れを実に分かりやすく簡潔にまとめられています。
ストーンウォールをぼんやりとしか知らない方は、ぜひご一読ください。
これを理解していると、映画「ストーンウォール」の問題点が明確になります。
ちょっと長かったけど、ストーンウォールの反乱はどのように起きたのか、お分かりいただけましたでしょうか?
そのうえで、映画「ストーンウォール」の日本版予告編第二弾をご覧ください。
実際の「ストーンウォールの反乱」で何が起きたのかを知ったうえで予告編を見ると”???”という感じがしますよね。
ストーンウォールの反乱の口火を切ったと言われているのは、下記の2人。
プエルトリコ系トランスジェンダーのシルビア・リベラさんとその親友であり「STONEWALL INN」に出演していた黒人ドラァグ・クイーンのマーシャ・P・ジョンソンさん。
ところが予告編では「ストーンウォールの反乱」の口火を切ったのは、白人青年ダニーが投げたレンガのように描かれています。
世界中のセクシャル・マイノリティにとって大きな転換点となった「ストーンウォールの反乱」を描く映画で、事もあろうにキーマンの人種、セクシャリティーが史実から改ざんされたのです。
<人種>
× プエルトリコ系(褐色)・黒人 ⇨ ○ 白人
<セクシャリティ>
× トランスジェンダー ⇨ ○ シスジェンダーのゲイ男性
※シスジェンダーとは……生まれた時に診断された身体的性別と自分の性自認が一致し、それに従って生きる人(ウィキペディアより)
実話の映画化で主要人物を有色人種から白人に改ざんすることは「ホワイト・ウォッシング」(白人化)だと批難の的になります。
これ、ハリウッドではありがちなことです。
2016年のアカデミー賞でも、演技賞部門にノミネートされた20人がすべて白人だったと話題になり、黒人俳優のボイコット騒ぎなども起こりました。
ホワイト・ウォッシングには「上辺を取り繕う」という意味もあります。
主役を有色人種から白人にすることと同じく、セクシャリティもトランスジェンダーからシスジェンダーのゲイ男性にすることで上辺を取り繕おうと考えたのでしょうか?
上記ウィキペディアでも記載されているように、当時警察が逮捕したのは
「身分証明書を持たない者、異性装をしていた者」
つまり、IDを所持しているシスジェンダーのゲイ男性は被害を被ることはなく、傍観しているだけだったと言われています。。
実際に逮捕された「異性装をしていた者」、つまりトランスジェンダーやドラァグ・クィーンたちが反乱の口火を切ったのです。
しかし映画「ストーンウォール」では、キーパーソンを白人のシスジェンダーゲイ男性として描きました。
これにより、映画「ストーンウォール」は【ホワイト/シス・ウォッシング】だと否定的に語られるようになったのです。。
全米のセクシャル・マイノリティ当事者にとって重要な史実が歪められてしまったのですから、この作品に対する批難が巻き起こるのも当然のこと。
Twitterには「#NotMyStonewall」というハッシュタグをつけた否定的なコメントが大量に溢れました。
#BoycottStonewallMovie #NotOurStonewall #NotMyStonewall pic.twitter.com/emLxx9AtPi
— Sarah Rose Jones (@sarahrosej96) 2015年8月8日
#NotMyStonewall #WhiteWash pic.twitter.com/44G50BUq6K
— Jonathan D'souza (@Jnthndsz) 2015年8月8日
#GSAsUnite and support #LGBTQ youth – please sign: https://t.co/ISpZ9nnw8Z via @gsanetwork #NOTMYSTONEWALL
— not a clever girl (@chijchiy) 2015年8月7日
ゲイ当事者のエメリッヒ監督はなぜ史実を改ざんしたのか?
この映画「ストーンウォール」が悩ましいのは、監督と脚本という映画の中心になるクリエイターがゲイ当事者ということです。
監督のローランド・エメリッヒ(「インディペンデンス・デイ」「デイ・アフター・トゥモロー」「ゴジラ」など)と、脚本のジョン・ロビン・ベイツは、どちらもカミングアウトをしています。
そしてこの映画は、エメリッヒ監督が「ストリートチルドレンの約4割がセクシュアルマイノリティの若者である」という事実に衝撃を受け、自費を投じて製作したのです。
セクシャル・マイノリティにとって重要な史実を、ゲイ当事者のクリエイターが自費を投じて映画化する。
「自費を投じて製作する」のだから、映画会社やスポンサーの意向など気にせず、好きな作品が作れる。
今までは映画会社が納得する娯楽超大作を作り続けて来た監督が、自分のセクシャリティと向き合う作家性の強い作品を創りあげるのでは?
こう考えるのが普通であり、期待が高まるのもまた当然です。
しかし、エメリッヒ監督は、そんな期待とはまったく異なる観点でこの作品を製作したようです。
「これは重要なことなのだけど、この映画はセクシャルマイノリティ当事者に向けてのみ作ったのではなく、ストレートの人に向けても作ったものだ。ダニーの存在は、より多くの観客を惹き付けるために必要だ。実際、公開前のテスト試写では、ストレートの観客の多くがダニーに感情移入しやすいことが分かった」
ーDirector Roland Emmerich Discusses “Stonewall” Controversy
BuzzFeedNEWSより
と、娯楽大作映画の超一流監督らしく、作家性にこだわるのではなくより多くの人に興味を抱かせるために史実を改ざんすることへの躊躇はなかったようです。
さらにこのインタビューの中で気になることをエメリッヒ監督は語っています。
「彼ら(ストリートチルドレンたち)はダニー(の行動)に触れることで目覚めていくんだ。キミは何かを成し遂げられるし、学ぶことができるし、もっと当たり前の暮らしを手に入れることができる、というようなことをね」
これは、ハリウッド映画によく見られる、white savior(白人の救世主)というパターンです。
ヨソからやってきた白人男性が、苦しんでいるマイノリティーを救い、導いていく、という。
実のところ、ローランド・エメリッヒ監督がカミングアウトしたと知って、僕は驚きました。
それは、彼の作品にいわゆる「ゲイ的な雰囲気」を感じたことがまったくなかったからです。
「スターゲイト」「インディペンデンス・デイ」「デイ・アフター・トゥモロー」「ゴジラ」など彼の作品は、日本で言うなら国道沿いのGyaoとかドンキホーテでセルDVDがバカ売れするようなイメージ。
つまりEXILE的な悪い意味でのノンケっぽさ(←だからこそマスにウケてヒットするのですが)が充満しているようにしか思えないのです。
しかもエメリッヒ監督はドイツの出身ですから、ストーンウォールの持つ重要な意味を、米国の当事者ほどには実感していなかったのかもしれませんよね。
だから、自費で作る作品も、それまで作って来た大作映画のヒットの方程式に当てはめて、ホワイト/シス・ウォッシングを施し、白人男性がマイノリティーたちを救い導いて行く、ある種の英雄物語として映画化したのかもしれないと考えています。
それでも「ストーンウォール」を見ようと思う方へ
今冬、新宿シネマカリテほか全国にて映画『ストーンウォール』公開です!
予告:https://t.co/IuwuRTt2Mh pic.twitter.com/8nHvhaxCTk— 映画「ストーンウォール」 (@stonewall2016jp) 2016年8月26日
以上、映画「ストーンウォール」にまつわる、米国での騒動をまとめました。
日本での公開は2016年末です。
ここまでネガティブな情報が並ぶと悪い予感しかしませんが、観なければ判断できない面はあると考えています。
ですので、公開されたら映画館に行くつもりでいます。
まったく見る価値のない映画でもないのでは、という希望は抱いています。
重要な部分が大きく改ざんされているとはいえ、60年代当時の米国でのセクシャル・マイノリティが迫害されていた状況は描かれているようですし。
そしてプライド・パレードに繋がるセクシャル・マイノリティの市民権獲得運動がどのように大きくなっていったのかも、映像で実感できるかもしれません。
映画「ストーンウォール」をご覧になろうと思われる方は、くれぐれもキーパーソンがシスジェンダーの白人ゲイ男性ではなかったことを忘れずに鑑賞してください。
そして、史実は白人男性がマイノリティーを救い導いたのではないことも。
キーパーソンはプエルトリコ系のトランスジェンダーと、黒人のドラァグクイーンであり、立ち上がったのは迫害された彼ら、彼女たちだったのです。
もしお友達と話している時にこの映画の話題が出たら、これらの改ざんを知らなかった方に教えてあげてください。
プライド・パレードの起源となった「ストーンウォールの反乱」は、米国だけじゃなく世界中のセクシャル・マイノリティにとって意味深い史実なのです。
その歴史を歪めずに語り続けていくことは僕たちにとって大切なことです。
そして、「ストーンウォール」で何が起こったのか、その事実に興味を持つきっかけとなるのであれば、この映画も大きな意味を持つのかもしれません。
『ストーンウォール』 Stonewall
監督・製作:ローランド・エメリッヒ/脚本:ジョン・ロビン・ベイツ
出演:ジェレミー・アーヴァイン、ジョナサン・リース・マイヤーズ、ジョニー・ボーシャン、カール・グルスマン、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョーイ・キング、ロン・パールマンほか
2015年/アメリカ
2016年冬、 新宿シネマカリテほか全国ロードショー