「貯金50万円が保険代わり」新・老後どうする? 年収300万未満の人生サヴァイヴ術 003

過酷な残業を重ねても増えない収入、シングルで生きる老後像が思い描けない、パートナーがいても老後の安心感など見えてこない、知らん顔などできない親や家族の問題も降りかかってくる……。
「自分の人生、これから先どうなっていくのかなぁ?」
そんな漠然とした不安、感じたことありますよね。

セクシュアル・マイノリティ当事者が抱える不安を少しでも解消するべく、決してキラキラはしていないけど地に足つけた活動で学んできた偏屈者ライター永易至文が語り下ろす生活密着コラム。
第三回は「同性愛者に保険はいらない!?」の後編を語ります。

●入院して手術しても、公的健康保険なら支払いは月10万円?

いたる(以下:I):前回につづき保険の話、してます。
年収300万で暮らすためには、まず家計のムダな出費をはぶく。そのために自分が死んで経済的に困る人がいないなら生命保険には入らないということだけど、切実なのはやっぱり病気なんですよ。突発的に発病や入院ってなったら、やっぱり保険入ってないと不安じゃない?

永易(以下:N):そこで日本は国民皆保険、会社の健保であれ自治体の国保であれ、私たちは公的健康保険に全員すでに入っている、入るのが義務だ、ということを思い出してほしいのね。公的健康保険でなにができるのかを知ったうえで、個々の事情に合わせて足りないことがあれば、追加で民間の医療保険に入ったらいいよ。

I:なるほど。

N:公的健康保険でもらえるもののその一は、病院や薬局に行ったら医療費が3割負担ですむ、ということね。7割が保険から出ている。

I:あ、そうか。

N:それは入院して手術してもおなじことですね。

I:100万かかったら、3割の自己負担で30万?

N:そう。でも、そこには高額療養費の制度があって、普通の収入水準の人だと月の自己負担額は8万5千円程度が上限で、それ以上はあとで返ってくる仕組みがあります。入院が長引いても、4か月目からは上限が4万4千円に下がります。食費は個人負担で保険がきかないけど、入院して手術しても、ガンでもなんでも保険のきく標準治療でいいなら食費込みで月10万円あれば可能なわけ。これは病気が多くなる高齢期の「後期高齢者医療」も原則、おなじ仕組みです。万一時の10万円に、貯金で備えるのと、月7千円とかで終身加入の医療保険で備えるのと、どっちが合理的か?  

I:高額療養費は、いったん払ってあとで還付が原則だけど、最近ははじめからその金額で請求してくれる病院も増えてるらしいね。

N:突然の発病はそうはいかないけど、入院日や手術日があらかじめ調整できるなら、月初に入って月末までに出るのが上手な使い方ね。月をまたぐと、また10万円かかります。

I:なるほど、なるほど。

N:それから入院保障も1日1万円とか言うけど、入院日数もどんどん短くなってすぐ出される昨今、入院保障は通常、5日目からだから、2週間の入院でも10日分、出ても10万円。

I:最近は1日目から出る保険もあるようだけどね。

N:おなじことよ。10万円取り戻すためにどれだけ保険料払うかね。もちろん入院時は絶対、個室というなら保険外だからお金がいるけどね。あ、ちなみに病院側の都合で個室しか空いてないという場合、差額ベット代はとれないのが原則です。

I:でも、でも、……そう、先端医療を使うかもしれないじゃない! グレイズ・アナトミーとかシカゴ・メッドとか、私、医療ドラマ大好き!

N:ほぼ使う可能性はないでしょうね。そもそもそんな難病になる確率がおそろしく低いし(だから難病)、やってくれる病院もどれだけあって、そこに入院できるのか。

I:私の好きなアメリカの医療ドラマって、保険会社がスポンサーなのかね(笑)。

●年収300万の人は「標準治療」を信頼する

N:まだあるわよ。私たち国保の人間には関係ないけど、会社の健康保険だと傷病手当金といって、入院などで休職中の給料が約3分の2、1年6か月、健康保険から支給されるの。じつは所得保障付き保険というわけ。うつなんかで休職中の人の収入って、これよね(だから民間の収入保障保険みたいなのも入る必要は低い)。

I:公的健康保険って、どんだけサービスついてるの、という感じ。

N:それだけに給料の約10%の保険料を払っているわけで(協会けんぽの例)、でもそれさえ会社と折半だから、「会社を辞めないのが一番の保険」って言ってます(これは厚生年金についても同様)。

I:これだけの保障がすでについていて、このうえでまだ医療保険に入る必要があるかは、検討したほうがいいかもね。父方も母方もみんなガン家系で、自分も絶対ガンになるだろうというなら、入るのもいいと思うけど、多くはコストパフォーマンス的にはあまりよくないのかな……。でも、やっぱり差額ベッドがいいとか、名医のいる病院を選びたいという人はいるじゃない。

N:それは300万以上のかたがやってください(ただし医療費は公定価格なので病院ごとで違いはありません)。年収300万未満の人としては、公的健康保険にきちんと加入し、健康保険のきく標準治療を信頼し、その範囲の治療で満足する。それを「諦め」というかどうかわからないけど、途上国や健康保険のない国を思えば、われわれはどれほど医療に恵まれているのか。

I:まとめとして言うと、結局、医療保険は入るな、てこと?

N:そのかわり3か月入院して、そのかんの家賃(あるいはローン)が払えるだけの50万円(できれば100万円)の貯金だけは崩さずに持っておきましょう。つまり、保険料に回るはずだったお金は貯金として積み立てておく。そうすれば、いざお金が必要になったとき、すぐ取り崩して使えるし、病気が治ったらまた貯めたらいいし。いったん保険なんかにしちゃうと、お金が必要でも途中解約すると逆に損しちゃうよ。

●保険に入る前に、病気にならないのが最大の保険

N:それより私がいいたいのは、医療保険に関心もつまえに、そのガチムチをどうにかしなさいよ、じゃない? 肥満、大酒、あとゲイは意外に喫煙率高い気がするからタバコ? 1箱500円近いタバコを毎日吸えば、月1万5千円を煙にして健康を損ね、それで医療保険に入るって本末転倒も過ぎるでしょ。ガチムチはモテ筋かもしれないけど、エロのためなら死んでもいい?

I:保険うんぬんのまえに健康であり続けることが大事なのね。

N:三大死因のうちの心疾患も脳血管疾患も、日頃の予防でかなり抑制できるし、がんも早期発見でかなり治療が可能。そうやって年収の低い人こそ、健康に気をつける。いくら健康保険があるといっても、病気をすればお金かかるわけだし、会社休めば減給という場合もあるだろうし。だから、年に1度の検診はかならず行って、早期発見・早期治療ーーそれさえ公的健康保険で実施してくれているじゃない。私、国保の検診は毎年行ってるよ。

I:あんなのでなにかわかるのかね?

N:みなさんそうおっしゃるけど、医者の友人に聞いたら、十分ひととおりのことがわかるって。基本検診のほかに、胃がん(X線や5年ごとのハイリスク検診)、大腸がん、乳がん……。

I:あんた、乳がんないから。

N:そしてHIVとかすでにもっちゃってたら、一病息災でこれ以上悪くしないように健康維持のモチベーションにすること。

I:それでも病気したときが心配だっていうなら?

N:安心料がわりに安い掛け捨てのなんとか共済とかに入れば? 月2,000円で適度な入院保障や死亡保障があって、年度決算で余剰金も返ってくるし。

今年も国保の検診案内が来ました。毎年受けてます!

今年も国保の検診案内が来ました。毎年受けてます!

●保険会社が変化したのは歓迎

I:テレビつければ医療保険のCMは不安をあおるし、パレードに行けば生命保険会社も「同性パートナーを受取人に!」だし、保険については会社側が発信する情報がどうしても主になりがちだね。

N:保険会社が熱心なのは、これはフツーに新聞読めば書いてるけど、日本は人口減と高齢化で、それは保険に入る現役世代が減って保険金を支払う高齢世代が増えて、結局、保険会社が苦しいということよね。おまけに保険会社も集めた資金を運用で増やさないといけないわけだけど、マイナス金利で投資環境は悪い。マクロ経済学勉強しなくてもわかることです。それで、せめて保険料(原資)を少しでも集めたい、同性カップルのお客が未開拓なら今度はそこだ! ということね。保険会社もビジネスなのだから、私たちを助けてくれる慈善事業でもないし、まして保険に入れて自分たちの愛情を認めてもらったとばかりに喜んでいるのは、とんだ勘違いでしょう。

I:あんたにかかったら身も蓋もあったもんじゃないわねえ。あなたはそう言ってこき下ろすけど、保険会社がこの間どれだけ変化したことか! 12、3年前にジーメン編集で、コラム書いてたあなたに感化されて当時の編集長が、っておれだけど、社会問題の記事も作ろうと、某S生命に取材をかけたら、出てきたオヤジなんか「うちは家族向けしか考えてないので、ゲイの人は想定してません!」って、けんもホロロ。

N:ははは、おひとりさまについても認知がなかった時代でしょうしね。公的な社会保険払って、貯金もして、それでまだお金の余裕がある人は保険に入るのもいいんじゃない。誰か保険に入らないと日本経済も回らないし、入れば安部さんも喜ぶでしょ。

I:いえいえ、私たちのためですよ、経済が回るのは!

ということで、保険に関するお話は後編に続きます。次回は、「できない貯金をできるようにする方法」について語りますよ。

■新・老後どうする? 年収300万未満の人生サヴァイヴ術  バックナンバーはこちら

 ■永易氏が登壇するイベント情報
公開シンポジウム
おひとりさまのおカネと老後~おひとりさまを支えるプロここにいます~
日時:2017年7月8日(土)13:30~16:30
会場:立教大学 池袋キャンパス 14号館2階 D201教室
講師:
・諸星 裕美 氏(オフィスモロホシ事務所代表)
・金子 祐子 氏(1級ファイナンシャル・プランニング技能士)
・永易 至文 氏(特定非営利活動法人パープル・ハンズ事務局長。FP、行政書士)
・角田 朋子 氏(角田朋子公認会計士事務所代表)
・上野 千鶴子 氏(東京大学名誉教授、認定NPO法人WAN理事長)
・萩原 なつ子氏(立教大学21世紀社会デザイン研究科教授)
主催:21世紀社会デザイン研究科、社会デザイン研究所、
「おひとりさまと女性のためのおカネ」シンポジウム実行委員会
共催:認定NPO法人ウイメンズアクションネットワーク・WAN
※どなたでも参加できます。
※申込不要、入場無料

公式サイトはこちら

READ  LGBTが知っておくべきお金のこと

ABOUTこの記事をかいた人

永易 至文

永易至文(ながやす・しぶん) 1966年愛媛県生まれ。90年代にいわゆるゲイリブサークルにかかわりゲイである自分を受容。出版社を経て2002年からフリーランスライター/編集者。2013年からNPO法人パープル・ハンズ事務局長、行政書士(東中野さくら行政書士事務所)。 NPO法人パープル・ハンズ http://purple-hands.net