ゲイ当事者が称賛する、映画「怒り」で妻夫木聡が見せた自然なゲイ演技の凄さを感じる3つのポイント。

2016年9月17日(土)、映画「怒り」公開初日にTOHOシネマズ新宿で初めて鑑賞。
吉田修一氏の原作小説を読んでいなかったために、事前情報はほとんどなしでした。


・実際の殺人事件をモチーフにしているらしい
・キャストがとにかく凄い
・妻夫木聡と綾野剛がゲイカップルを演じるらしい
・昨秋、新宿2丁目で大掛かりなロケが行われていた

このくらいボンヤリした知識で観たのが良かったのか、予想を遥かに超えた濃密な人間ドラマに心臓を鷲掴みにされて揺さぶられるような衝撃を受け続け、ラストは滂沱するばかりという極上の映画体験になり、観賞後は興奮しきった状態。
脚本も、撮影も、編集も、音楽も、それぞれ素晴らしいのですが、何より印象に残ったのは「役者力」です。
それぞれの役者から、あまりにも高いテンションを引き出した李相日監督の演出の素晴らしさにひれ伏すしかないという思いで、帰りの電車の中で連続ツイートしてしまいました。

あまりの興奮で、きちんと表現しきれていない部分も多いのですが、語りたくなる部分がとても多い映画であることはご理解いただけると思います。

映画「怒り」に関しては、今後、様々な方々が色々な媒体で語られることは確実ですので、映画としての評価はそちらにお任せするとして、ここではゲイ当事者として素直に「凄い」と感動した作中のゲイ描写について語ります。


※以下、物語の本筋には極力触れないように話を進めますが、僅かにネタバレする部分もあります。事前情報を限りなく少ない状態でご覧になりたい方は、観賞後に読まれることをお薦めします。

映画やドラマでゲイが描かれる機会も増えてきましたが、なんともステレオタイプなオネエ描写を見させられてゲンナリすることが多いのも事実です。
例えていうなら、2丁目のゲイバーに知った風な口をきく男っぽい風貌なんだけどオネエ言葉を操るマスター(ママ)とか、少し上から目線で物を言うオネエのゲイの友人を配しておけば一丁上がり、的なお手軽さの。

そういうステレオタイプ的なオネエ表現って、ゲイではない人にとっては分かりやすい”型”のようなもの。オネエ言葉で喋るとか、クネクネした仕草(←書いていて嫌になる表現ですが、理解していただきやすいと思うのであえて使っています)をさせるとかという”型”に嵌めてしまえば、それだけで『この人、ゲイですよ』と見せる事ができるわけです。

ゲイ=オネエ、みたいな感覚しかないノンケ(ヘテロ)にとってはそれで十分だと思っているのか、はたまたハナからゲイを理解する気もないスタッフ(監督や脚本家)にとってはそれ以外の描き方を知らないのかは分かりませんが、ゲイ当事者からすればドラマ「同窓会」が放送された1993年ならまだしも、今さらそんなお手軽な描き方でゲイを表現されても辟易するばかりなのです。

画像引用元 http://spice.eplus.jp/articles/76823

画像引用元 http://spice.eplus.jp/articles/76823

ところが、この映画「怒り」において妻夫木聡が見せる演技は誇張も気張りも無い、あまりにも自然体でどこにでもいそうな(もちろんここまでルックスのいいゲイは滅多にいませんが)ゲイだったことに、良い意味での驚きとショックがありました。
オネエ言葉を話すわけでもなければ、”クネクネ”しているわけでもなく、前述の”型”には、まったくはまっていないのです。

『この人、ゲイですよ』という分かりやすい”型”にはめないということは、それ以外のやり方で「ゲイ」の役にリアリティを持たせなければならなくなるということです。
これって、演じる役者にとっても、演出する監督にとっても、相当に難しいことだと思われます。

ところが、映画「怒り」における妻夫木聡は、どこにでもいそう(と思わせる)なゲイの役を見事に演じていたことに、とても驚き、そして嬉しくなりました。

では妻夫木聡が、”型”にはまることなくどこにでもいそう(と思わせる)なゲイを演じられた3つのポイントを、妻夫木聡の演技の面からと、脚本(原作)や演出の面からご紹介しましょう。

1)女性に対するあたりがソフトである

まずは妻夫木聡の演技の面から。

映画「怒り」の中の妻夫木聡(役名表記は混乱を招くので、役者名で通します)は手入れの効いたあご髭を蓄え、背も高く、そこそこガッチリしていて、一見自信に溢れた堂々とした男に見えます。しかし、そういう強めな男性特有の女性に対する「高圧的」とも思える態度は持ち合わせていません。

会社とか、飲み会とか、サークルとか、何気ない場面でのノンケ男が身近な女性に対する態度を観察していると、「高圧的だな」とか「乱暴だな」とか強さを感じて驚くことってありませんか?
女性受け(特におばさま世代)が良いゲイが多いと言われるのは、ノンケ男特有の当たりの強さがなくソフトであることが大きな理由の一つだと思います。

映画「怒り」の中での妻夫木聡が女性(原日出子、高畑充希)と接する場面では、本当に自然にそのソフトさが表現されていて驚かされます。

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2)性的な場面ではソフトからワイルドへ豹変する

女性に対してソフトである妻夫木聡も、性的な場面ではワイルドな雄に豹変します。映画の冒頭で、室内ハッテン場で綾野剛と出会う場面が描かれます。
欲望に溢れた男たちの視線を撥ね付けるように物色し、目をつけた綾野剛に襲いかかる妻夫木聡の好色な演技は、まさに男を狩るハンターそのもの。

ここでの後背位エッチの直後に、マットに顔を押しつけていた綾野剛が顔を上げる際に涎が引く描写もリアリティがあって見事。ここは、萌えポイントとしてゲイ以外も注目しているとか。

エッチの最中はめちゃくちゃワイルドだった妻夫木聡も、エッチ後の賢者タイムになるや、一度肌を重ねた気安さからか、はたまた肌の相性が良かったのか、暗めで挙動不審っぽい綾野剛に興味津々で、フレンドリーでちょっと強引なお兄ちゃんモードにまたまた豹変。

この、【ワイルド → エッチ → フレンドリーなお兄ちゃんモード】って、まさによくいるゲイのパターンではないですか!

1)とは真逆のワイルドぶりは、性的対象に向けた狩人魂だと考えると、ゲイが女性に対する人当たりがソフトな理由も見えてきますね(←だからといってヘテロ男性が女性に対して「高圧的で」「暴力的で」あることを”是”と考えているわけでは決してありません)。

それはともかく、
1)女性に対する人当たりのソフトさ
2)好みの男に対するエッチを挟んでの豹変ぶり
を見事に演じる(演じさせる)ことで、”型”にはめずにゲイを表現した妻夫木聡と、彼の中から自然なゲイ感を引き出した監督の演出は見事だと思います。

画像引用元 http://news.walkerplus.com/article/84770/image478446.html

画像引用元 http://news.walkerplus.com/article/84770/image478446.html

3)”リア充”に見えるゲイの虚無感の表現

ここまでの2つのポイントは妻夫木聡の演技に関するものでしたが、最後の1つはキャラクターの設定です。
※ここに関しては映画のスタッフだけじゃなく、原作の占める比重が大きいのでしょうが、原作小説は未読のため、そこには触れずに参ります。

妻夫木聡の役は、彼の住むマンションの様子、そして唯一の肉親である母親をホスピスに入れている経済力から考えても、一流企業に勤めている高収入のゲイ、いわゆるエグゼクティブ・ゲイです。
収入格差のあまりないであろう(←クラブや食事など、同じレベルで楽しんでいる様子からの推測)友人グループに属し、「とにかく予定入れてバタバタしていると充実感あったんだけど」というセリフがあるように、プライベートな時間に予定を入れまくる”リア充”な生活を送っています。

しかし、それに満足しているのかというと、決してそうではないようです。

そんな彼の状況を表す象徴的なセリフが、冒頭に妻夫木聡自身の口から語られます。
「俺なんか楽しんでいるフリしていたら、マジで楽しんでるレベルまで来てますから」

深くは描かれない友人グループとの関係は、なんとなく表面上の仲良しであり、一歩深いところにはお互いに踏み込まないのだろうと推測されます。その表現のためでしょうが、セリフのある役者は脇役でも(沖縄の民宿の夫婦とか)濃厚な印象を残す中で、妻夫木聡のゲイの友人役を演じる役者だけはぼんやりした印象しか残りません。

友人との関係が上辺だけの空虚なものだけじゃなく、死に行く母ともきちんと向き合おうとしていません。
友人とプールパーティーで遊び、ハッテン場に行く間に寄ったホスピスで、寝ている母の横でアプリを開いて男探しをしているという象徴的な場面が冒頭で描かれています。

一見、見栄えが良く自信に溢れているようでありながら、その実、空虚で不安定な自分を心の中にしまいこんで直視しないようにしている都会のゲイ。
そんな妻夫木聡が、正体不明な綾野剛とからむことで化学変化を起こし生きることへの考え方が変わっていく様はこの物語の見逃せないところですが、それはスクリーンで確認していただくとして、この妻夫木聡のゲイ役の設定の巧みさはご理解いただけたでしょうか。

原作未読でこの映画を見る場合は物語の構造上、妻夫木聡の視点で綾野剛を観ることになります。それゆえ、ここまで書いてきたように、妻夫木聡の演じるゲイに注目してしまいました。

映画を見終わって数日して、こんなツイートをしました。

で、二回目の劇場鑑賞をしたところ、

ということで、物語の展開を把握すると綾野剛の視点で観る事ができて、妻夫木聡とは対照的な男へも感情移入してしまい、さらに映画「怒り」を楽しむことができました。

ステレオタイプではないリアリティーのあるゲイ役を当代の人気役者が演じ、その映画がメジャーの大規模興行で全国公開され話題を呼んでいる事実。
これって、かなり大きなトピックだと思いませんか?

興味のある方は、ぜひ劇場の大スクリーンで確認してください。

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いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964