ゲイ役に両親が大反対?!韓国LGBT映画『夜間飛行』に見る韓国のLGBT事情

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韓国という、同性愛者に非常に厳しい社会が舞台の映画

メジャーの配給ルートにのる機会がほとんどない世界のLGBT映画に出会う一期一会のチャンス!それが、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭です。24回目を迎えた今年の映画祭は、2会場で開催となりました。7月11日(土)より17日(金)はシネマート新宿で連日1プログラムずつ先行レイトショー上映、そして7月17日(金)〜20日(祝・月)は、映画祭のホームである青山のスパイラルホールで連日午前中から夜遅くまで上映されました。梅雨明けを挟んだ暑い季節に、熱く盛り上がった今年の映画祭から印象に残った作品を、連続してご紹介していきます。今回は前売りチケットの販売数がトップで、スパイラルでの二回の上映がいずれも大盛況となり、僕を含む多くの観客に衝撃と感動を残した韓国映画「夜間飛行」です。
※なお今回の企画にあたり、TIL&GFF代表の宮沢様、プログラミングご担当の林様、小此木様にお話をうかがいました。

ほぼ満席(ゲイ多し?)

7月19日(日)20:20からの二回目となる上映も、場内はほぼ満席。韓国映画、主演の2人がイケメン、高校生同士、と女性&BL好きの萌え要素が強いだけに女性中心の客層になるかと思いきや、予想以上に男性(かつゲイ)の割合が高いので少々驚きました。多分、前日の18日(土)午後に一回目の上映がなされていたので、女性客はそちらの回に集中したのかと思われます。今年の映画祭は7月11日(土)のシネマート新宿先行レイトショー上映から全10プログラムを見たのですが、この作品が僕にとっては最後の1本でした。そして最後がこれで本当に良かったです。見ている間も、そして終わってからも、苦しくて切なくて哀しくて寂しくて、でも愛しくて抱き締めたくなる複雑な感情に襲われました。

LGBTに過酷な韓国の環境で生きるゲイの姿

中学時代に仲良くなった3人の少年、しかし彼らを取り巻く様々な環境のためにその関係は高校になると歪んでしまっていた。物語の中心となる3人は、学業優秀な模範生のヨンジュン、校内でも恐れられる存在の不良のギウン、そしてデブなヲタクのキテク。ヨンジュンはゲイであることを自覚しており、かつ中学時代に初めて会った時からギウンに恋し続けている。キテクはPTA会長の息子である優等生(ヨンジュンには成績で適わない)を中心とするグループからいじめの対象とされていた。そのいじめグループのリーダーとされているギウンは、理由あって姿を隠している父を捜していた……。

彼らを取り巻く様々な環境というのが、ある意味韓国の縮図ともいえるほど実に苛酷であります(その様々な環境を、僕なりに分かる範囲で後述しました、ご興味がある方はご一読ください)。過酷なセクマイ差別、厳然とした格差社会、苛烈な学歴偏重の韓国。しかも受験競争真っ只中でピリピリしている閉鎖的な高校で、ゲイであることをひた隠しにしつつ同級生に想いを寄せる模範生。彼のまったくの片想いかと思いきや、模範生の静かな、でも熱烈なアプローチに不良も心を開き始め誰にも秘密で惹かれあっていく。陰湿な苛めと、詩的でロマンチックな感情と、激しい暴力が折り重なる物語はとてつもなく魅力的です。

ゲイ役を演じるのに、俳優の両親から反対!?

「韓国で一番最初にカミングアウトしたオープンリー・ゲイのイ=ソン・ヒイル監督(『後悔なんてしない』)の最新作です。主演の2人はモデル出身で、演技初体験。監督は新人を主役に抜擢することが多いのですが、彼らは初映画とは思えないくらいちゃんと演技しています。監督の話によると、ゲイ役を演じるというのはかなりハードルの高いことらしく、本人たちが出たいと思ってもエージェントや彼らの両親の反対が強く、そこを説得するのがなかなか大変だったそうです。この作品は、とにかく映像が綺麗です。二人が真っ直ぐな道を自転車で走る場面は、もう!本当に素敵です。こんな青春を過ごしたかったなあって(笑)監督は今後は『ゲイ映画』というカテゴリーの映画は撮らないかも、と語っているので、彼の最後の『ゲイ映画』になるかもしれません」(プログラミング担当林様)

主役の模範生ヨンジュンを演じたクアク・シヤン、不良のギウンを演じたイ・ジェジュン。まったくタイプの異なる2人ですが、どちらも若さゆえの不安定さを併せ持つ輝きをキラキラと放っています。クローゼットでありながら一途に好きな男を見つめるヨンジュンの切なさ、暴力という鎧を纏い虚勢を張ることで自分の身を護っているギウンがヨンジュンの一途さに触れて鎧を脱ぎさる瞬間の可愛さ。二人が心の奥に抱えるあまりにも大きな孤独が重なりあって結ばれて行くのかと思いきや、物語はあまりにも衝撃的な展開を迎えます。
困難な季節を生き抜いた二人が病室の窓から初雪を見つめるラストシーン。これは「初雪が降った日に好きな人と一緒にいると、その恋がかなう」という韓国のジンクスの現れで、未来の幸福の暗示であってほしいと心から願わずにはいられませんでした。
主演の二人はどちらも違うタイプの魅力の持ち主。個人的には不良のギウンが可愛くて可愛くて……。どうも僕は、虚勢を張る不良タイプに弱いみたいです。笑
この作品が、このまま埋もれてしまうなんて本当にもったいないです。どこか配給がついて、日本で劇場公開されて、たくさんの人に見てほしいと願っています。

韓国の苛酷な状況

※韓国社会に精通しているわけではないので間違った解釈があったらぜひご指摘いただけるとありがたいです。

1.韓国のセクシャルマイノリティ差別

日本ではプライド・パレードに対して大きな反対運動が起きるなんて想像もできない事態ですが、韓国では大違いです。昨年大変な妨害に遭いながら敢行したソウルのプライド・パレードですが、今年は事前から様々な嫌がらせを受けて、その開催が危ぶまれるほどでした。なんとか開催できたものの、沿道には反同性愛団体が並び激しい言葉を投げかけ続けていたとか。まるで日本でのヘイトスピーチ団体のデモvsカウンターの闘いのようですね。
(参照:http://life.letibee.com/culture/lgbt-parade-seoul-2015/
その後に行われた韓国第三の都市大邱(テグ)でのプライドパレードはさらに激しい妨害(レインボーフラッグに人糞を投げられたり)を受けたようです。
(参照:http://dailynk.jp/archives/47954
ソウルにはたくさんのLGBT向けのバーやクラブがありますが、そこに集う仲間たちのクローゼットでいなければならないという意識は、日本よりも遥かに強いと思われます。そこには、原理主義的なキリスト教福音派の信者が圧倒的に多いという韓国特有の宗教事情も色濃く影を落としています。上記のパレードを妨害してくる人の中心はキリスト教信者たちです。また映画の中でも海兵隊出身で暴力的かつ超保守的な生徒指導教官が威圧的に「日曜日には教会へ行け」と生徒に言う場面が描かれています。

2.厳然とした格差社会

韓国は、知的労働者がエリートな上流階級であり、肉体労働に従事するのは下流の人間だと言うあからさまな格差意識が存在します。前記と同じ生徒指導教官が生徒に復唱させる「上流はチキンを食べ、中流はチキンを揚げ、下流がチキンを配達する」という言葉がそれを端的に表しています。不動産の仕事をしている母と2人で暮らすヨンジュンは現在は中流なのでしょうが、学業優秀な模範生ですからこのままソウル大に進学すればエリートになる道は見えています。労働組合のリーダーであり(詳しくは描かれないのですが、多分)罠に嵌められ追われる立場となり身を隠さざるを得なかった父のため、中流から貧困な下流母子家庭へと落とし込まれイジメの対象となってしまったギウンは、暴力の鎧を纏い不良になるしか自分の身を守る方法はなかったのです。

3.苛烈な学歴偏重

数年前までの韓国では10代からバリバリ仕事をしているアイドル歌手たちですらほとんどが(実際に通っているかどうかは別にして)大学進学をするのが当たり前でした(三年前にトップアイドルのIUが「仕事と勉強を両立させる自信が無い」と大学進学をあきらめて以降、少々傾向が変わりつつあるようですが)。アイドルですらそんな状況なのですから進学校の生徒に掛かるプレッシャーは並大抵のものではありません。映画の中でも、学期中にレベル別クラスに分けられる場面などが登場しますし、ヨンジュンがゲイである事を知ったクラス担任は「お前はソウル大に行け(そうするしかマイノリティであるハンデは跳ね返せない)」としか言いません。物語のキーマンである悪役のPTA会長の息子がプレッシャーに押しつぶされストレスを溜めていく状況もきちんと描かれていて、彼が暴走してしまった事に納得はいかないものの、その心情は理解できなくもないという印象を受けました。

img via: TIL&GFF公式サイト
http://tokyo-lgff.org/2015/
青山スパンイラアップル
http://www.spiral.co.jp/

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いたる

LGBTに関する様々な情報、トピック、人を、深く掘り下げたり、体験したり、直接会って話を聞いたりしてきちんと理解し、それを誰もが分かる平易な言葉で広く伝えることが自分の使命と自認している51歳、大分県別府市出身。LGBT関連のバー/飲食店情報を網羅する「jgcm/agcm」プロデューサー。ゲイ雑誌「月刊G-men」元編集長。現在、毎週火曜日に新宿2丁目の「A Day In The Life」(新宿区新宿2-13-16 藤井ビル 203 )にてセクシャリティ・フリーのゲイバー「いたるの部屋」を営業中。 Twitterアカウント @itaru1964