漫画家、田亀源五郎
ゲイの世界では言わずと知れた漫画家、田亀源五郎さん。彼はフランスで展示を行ったりするなど、芸術面で日本以外の国からも注目される漫画家です。ここでは、田亀源五郎さんの作品である漫画『弟の夫』を読むべき、3つのポイントを紹介します。少しでも興味を持ってくれる人がいたら、筆者としても嬉しいです。
1. 30年も前から同性愛をテーマにしていた
著者の田亀源五郎さんはなんと1964年生まれで、1986年からゲイを扱った雑誌に漫画やイラスト・小説などの作品を発表されていた、日本のゲイアートの第一人者とも言えるお方です。そのプロフィールを読んで私が驚いたのは、「ええっ、そんなに昔からゲイの文化ってあったんだ!」ということでした。
私はLGBTという言葉がメディアで普及しだしたのはついここ数年の出来事のように記憶しています。2015年の今でさえ、LGBTの人たちが悲しい事件に巻き込まれたり、同性婚の合法化に批判の声があったりするほどです。
1986年といえば約30年前ですよ。おニャン子クラブがお茶の間に浸透し、ボディコンが登場し、「テレクラ」が流行語大賞に入った年です…そんな時代にもう同性愛の話題…!にわかには信じられません。なんて時代を先取りしているんだ ! (愛情の形について、人々の考え方に大きな打撃を与えたあの「ベルサイユのばら」が1972年からの連載…と考えるとそこまで不思議なことではないのかもしれませんが…。)
2. 「日本人の反応」を見せつけてくれる
さて、そんな田亀源五郎さんの「弟の夫」ですが、内容はド直球ストレートに「弟の夫」。メインキャラクターの一人で、一児の父である弥一はある日、自身の亡くなった弟の”ハズバンド(夫)”を家に迎え入れます。この作品で最も素晴らしい所は、弥一さんの反応がいちいち日本人的なところです。
このあいだ、フランスで同性婚をした人の家に死体の写真が送りつけられた、という悲しい事件がありましたが、どうも国外では同性婚合法化がいち早く進む一方で、そういう激しい嫌がらせや嫌悪がなくなっていない節があります。
その点において日本人は、感情を内側に貯めこむタイプだと思います。(もちろんそうじゃない人も居ますが)「全然納得していないけど、取り敢えず今は言わずに様子を見る」という手法をとったことのある人、そういうやり方に共感を示す人はたくさんいるでしょう。駅前でデモをするような、理念が行動に直結する人は、ここ日本という国では少数なのではないでしょうか。
弥一さんは、弟の配偶者の存在に心の中ではかなり疑問や反感を持っています。しかし、彼の一人娘である夏菜ちゃんは堂々としており、清々しいほどの正論でお父さんの気勢を削いでしまうので、お父さんはその場では考えるだけで何も言わないのです。この部分がとても日本人らしい。同性愛という存在が描かれることや、「カミングアウトをたやすく受け入れる友人たち」が描かれることはたくさんあっても、同性愛への反応がリアルに描かれることはなかなかなかったと思うのですが、「弟の夫」はそこが違います。
3. ありのままのゲイを表現してくれる
見られない方もいらっしゃるかもしれないので、冒頭の漫画をもう一度。この中で「こんなカップル見たことない」と書いたように、私は美男同士のゲイカップルなんて一度もお目にかかったことはないのです!ところがBL(ボーイズラブ)に出てくる同性愛者は軒並み美しい人たち…。私はこの「美形かそうじゃないか」が、同じ同性愛にもかかわらず現実のゲイとBLがなぜかお互いに乖離している原因じゃないかと思っています。「BLは好きだけど実際に同性愛者を見るのはちょっと…。」という女の子に出会ったことも、何回もありますもん。
きっと、日本には身近にゲイが居るという人がまだまだ少ないので、どうしても「ゲイの人を想像してください」と言われた時にBLの情景を出典にしてしまうのではないでしょうか?そしてその分、実際にゲイに出会った時に「(想像とだいぶ違う…)」なんて思ってしまうのではないでしょうか?
そこで「弟の夫」を読んで頂きたいのですが、田亀源五郎さんの描くゲイは、BLに対する期待感(もっぱら美形がお耽美なことをしていることへの)を見事に裏切る、「毛」「贅肉」「筋肉」! これこそ、BLよりもずっと、現実に存在している同性愛者に近い姿だと思います。この漫画を読むことで、読者の脳内事典にある「ゲイ」の項の挿絵が、BLチックなものからより現実味を帯びたものに替わると思うのです。
ゲイ理解の教科書に
一冊の作品として読んだ時に感じたことは、「この本はゲイ理解という一つのテーマに向かって猛進している」ということでした。「弟の夫」という衝撃的なタイトルを100%ストレートに表現した、教科書のような漫画です。
手に取るのに勇気がいるという人ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、そこをなんとか!読んで頂きたいです。日本人にとってのゲイのイメージ画像を、よりリアルな写真に変えていきたいのです。