2016年8月5日の第一回口頭弁論にともない、原告と弁護士による記者会見が開かれた一橋大学ロースクールにおけるアウティングが引き起こした転落事件。
LETIBEE LIFEでは、ゲイ当事者である原告代理人弁護士・南和行氏へのインタビューも交え、この事件の概要と、私たちが考えるべきことをレポートする。
事件の概要を振り返る
2015年9月に発生した転落事件で亡くなったA君(享年25歳)は、愛知県出身。彼は法曹界を目指し、東京の一橋大学ロースクール(法科大学院)に通っていた。
A君は学校の同級生であり、毎日のように一緒に食事をしていたZ君に好意を抱く。そして、その募る想いを2015年4月にZ君に打ち明けた。
Boy meets Girlな恋愛と違ってA君の告白には、当然、自分がゲイであるということのカミングアウトも含まれていた。
Z君は、
「恋愛感情に応えることはできないが、これからも友達でいよう」
と返答した。
ところが、2015年6月24日、Z君はA君を含めた同級生10名のLINEグループに
「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」
というメッセージを流した。
LINE上では健気なメッセージを残したA君だったが、実は大きなショックを受けていた。
その後、授業でZ君と顔を合わせると緊張や怒りや悲しみで吐き気や動悸が生じるという、パニック発作が起こるなどの心身の不調を来していた。
2015年7月21日には心療内科を受診せざるをえなくなり、医師から不安神経症と診断され、安定剤などの処方を受けた。
その後A君は一橋大学ハラスメント相談室に相談を申し込む。
7月27日、8月3日、8月10日の3回、担当者C氏と面談した。
2015年8月24日、必修の「模擬裁判」の授業のために登校したA君は午前の授業中にパニック発作を起こし、ロースクール職員D氏に伴われ一橋大学保健センターへ行く。
そこにはハラスメント相談室のC氏も訪れ、A君と面談する。
この時点で、A君は心療内科で抗不安薬等を処方され、脱抑制の効果がある薬を直前に服用していることを、C氏、および保健センター職員は把握する。
脱抑制効果がある薬を服用していてパニック発作が起きれば、本人でも制御不能な行動に出る恐れがあるのだが、午後の「模擬裁判」授業にはどうしても出たいというA君を、C氏も保健センター職員も止めずに授業に向わせた。
14時15分より「模擬裁判」の授業は始まる。
15時4分頃、ロースクールの教室などが入るマーキュリータワー6Fベランダに手をかけてA君がぶら下がっていることが救急通報される。
その後A君は転落し、病院に搬送され、18時36分頃死亡が確認された。
原告代理人弁護士・南和行氏に聞く
ヘテロとマイノリティの間の大きなギャップ
私は、A君とは面識はありません。
しかし、法科大学院の教授がA君に大阪にゲイであることをオープンにしている弁護士がいるので相談してみたら? と紹介したらしく、2015年7月メールやLINEでやりとりをしました。
元々A君は、家族にも周囲の友人にもゲイであることはオープンにしていないクローゼットなゲイです。
ロースクールの同級生が同性愛者について「生理的に受け付けない」などと語っているの聞いていたA君は、カミングアウトするならば「仲が良く信頼していた友人たちであるからこそ、自分のタイミングで話したい」とも考えていました。
ところが、LINEでアウティングをしたZ君は、それ以前に3人の同級生に暴露していました。
パニック発作を起こすようになり、心療内科を受診したA君は、大学のハラスメント相談室に相談したり大学院の教授に相談したりするのですが、
「悩みがあるような君こそ弁護士になってほしい」
などと、アウティングの被害に苦しんでいる彼に対してそれに応えるアドバイスはしませんでした。
そして「大阪にゲイをオープンにしている弁護士がいる」と教授に紹介されたと、私の事務所に連絡をくれました。
私はその教授のことも全く知らないし、教授はA君に「こういう人たちもいるらしい」程度に言ったのかもしれません。
そこまで過程を聞き、私は
「連絡をくれたことは良かったと思うけど、アウティングというハラスメントに対して毅然とした対応をすべきは大学ではないか」
ということを思いました。
実は一橋大学には「ハラスメントについてのガイドライン」が定められ、「ハラスメントの防止等に関する規則」が定められています。
このガイドラインではセクシャル・マイノリティに関しても下記のように言及されています。
「ハラスメントとは、広義には人権侵害であり、性別、宗教、社会的出自、人種、民族、国籍、信条、年齢、職業、身体的特徴、セクシュアリティなどの属性、あるいは、広く人格に関する言動等によって、相手に不利益や不快感を与え、その尊厳を傷つけることをいいます。」
これに準じて開設されている「ハラスメント相談室」の方が、A君の相談に的確な対応ができなかったことに非常に疑問を覚えざるを得ません。
パニック発作を起こすようになったA君は当時の心身状態を
「友人とは、大学院の授業等で通常であればほぼ毎日顔をあわせざるを得ない状況ですが、緊張や怒りや悲しみで、吐き気や動悸が生じ、どうにか学校に行くにも安定剤が必要な状況です」
「期末テストについては医師の診断書により、再試で受けさせていただくことになりました」
と語っていました。
同級生であり、自分をアウティングしたZ君の姿を見ることがパニック発作を引き起こす原因になると相談室の担当者や教授に説明しているにも関わらず、大学側の対応がきちんと為されていたとは到底考えられません。
A君が亡くなった後、ご両親が、私に連絡をくださり、私はA君が亡くなったことを知りました。
同級生や大学の関係者は
「同性愛の人が告白して起きたことでしょ?」
「そんなことでここまで悪くなる?」
とA君の状態をあまりに軽く受け止めていたのではないでしょうか。
でも、この件は「ロースクールに同性愛の学生がいるとは思いませんでした」では済まない話です。
裁判では、A君がアウティングについて相談してもまったく受け止めてもらえなかったという大学の対応のまずさも争点となるでしょう。
記者会見を開き報道されたことで、SNS上にはたくさんの方の反応が並びました。
ヘテロセクシュアルだけを当たり前と思っている人と、そうではない人との間のギャップを感じました。
「なんでそんなことで死ぬのか分からない」
「なんでそんなことで学校や生徒を訴えるのか分からない」
「そんなに傷つくなら告白しなきゃいいだけ」
というようなリアクションは、ヘテロセクシュアルだけを当たり前と思っている人の素直な感想でしょう。
同性愛者がなぜそれを隠して生きていかざるを得ないのか。
ヘテロセクシュアルではないことに対する差別や偏見がいっぱいあること。
だからアウティングが凶器になるということ。
こういった気持ちはヘテロセクシュアルだけを当たり前だと思っている人たちには、
実は全く共感されてもおらず理解もされてないのではないか、という大きなギャップを感じました。
しかし、裁判というのは世間の標準的な価値観に対する問いかけです。
当事者にしかわからない気持ちや苦しみを、ただそれだけ積み重ねても説得力はありません。
当事者であるA君に起こった深刻な実情は、
世間の標準的な価値観を基準にすればとても不合理であること、
裁判官に対してそれを明らかにしなければなりません。
A君のことを「昨日の自分」「明日の自分」のように受け止める人が実はたくさんいるということを、
ヘテロセクシュアルだけを当たり前と思っている人が、
あるいは裁判官が気づくことはとても大切だと思います。
これからもこの裁判に多くの人が関心をもってもらえたらと思います。
南和行 弁護士
なんもり法律相談所
http://www.nanmori-law.jp/
■TOP画像引用元 http://hensachimap.com/71