渋谷区の条例で何が変わったのか?
渋谷区のパートナーシップ証明書の内容が速報で公表される
渋谷区議会議員である鈴木けんぽう氏の公式ウェブサイトにて、渋谷区の同性パートナーシップ証明書に関する条例案文の速報が公表されました。
ここでは、 特にパートナーシップ証明書に関しての内容の整理と解説を行っていきたいと思います。
なお、パートナーシップ証明書によって生じる効果に関しては以下の記事をぜひ参考にしてください。
証明書を得るためには、公正証書の作成が必要
第十条にて、以下のような記述があります。
第十条
区長は、第四条に規定する理念に基づき、公序良俗に反しない限りにおいてパートナーシップに関する証明(以下「パートナーシップ証明」という。)をすることができる。
2 区長は、前項のパートナーシップ証明を行う場合は、次の各号に掲げる事項を確認するものとする。ただし、区長が特に理由があると認めるときは、この限りでない。
一 当事者双方が、相互に相手方当事者を任意後見契約に関する法律(平成十一年法律第百五十号)第二条第三号に規定する任意後見受任者の一人とする任意後見契約に係る公正証書を作成し、かつ、登記を行っていること。
二 共同生活を営むに当たり、当事者間において、区規則で定める事項についての合意契約が公正証書により交わされていること。
3 前項に定めるもののほか、パートナーシップ証明の申請手続その他必要な事項は、区規則で定める。
ここでポイントとなることは、「任意後見受任者の一人とする任意後見契約に係る公正証書を作成し、かつ、登記を行っていること。」という部分と、「区規則で定める事項についての合意契約が公正証書により交わされている」という部分です。
この2つの部分は、すなわち「公正証書がなければパートナーシップ証明書の発行はできない」ということを意味しています。そして、そこで必要となる書類は以下の図でいう「お互いを後見人とする任意後見契約書」および「準婚姻契約書(パートナー契約書もしくは共同生活契約書ともいう)」となります。(公正証書とは、書類を公証役場にて公証人が作成する公文書のことです。遺言、任意後見契約、生活の中での2人の取り決めなど、様々なことを公正証書にして保管することができます。)
ただし、「ただし、区長が特に理由があると認めるときは、この限りでない。」という記述もあるため、ある程度の柔軟性もあるようです。
セクシュアルマイノリティが直面する問題
セクシュアルマイノリティが直面する困難は様々ですが、まとめると、実は主に2つの要因に分解されます。
1. 社会的困難
「社会的困難」は、いわば「人々のセクシュアルマイノリティに対する意識・考え」が関係して生じる困難です。たとえば、不動産を同性カップルが賃貸契約をしようとすると、不動産の大家に入居を断られるケースが多発しています。しかし賃貸契約を断ったり認めたりすることは法的な問題はなんら関係せず、単に「大家の価値観」に左右されることで困難が生じます。他にも、同性カップルが結婚式をしようとすると式場に断られる、学校でいじめられる、職場でいじめられる、ということも「社会的困難」に含められることです。
不動産で実際に断られた、具体的なLGBTへの差別ケースに関しては以下の記事をご覧ください。
2. 法的困難
「法的困難」は、いわば「法律などの決まり」が関係して生じる困難です。2人で婚姻ができないということに準じて、様々な法的困難が生じます。たとえば、不動産を購入する際に利用する住宅ローンは、共同名義で利用する場合は血縁関係が必須です。そのため、養子縁組をしない限り同性カップルは住宅ローンを共同名義で利用することはできません。2人とも働いてる場合、本来は2人の収入額を合算すればより高い住宅を購入できるはずなのに、1人分の収入でローンの金額が決定されてしまうのです。
また、突然の病院や事故でパートナーが意識不明の状態に陥った場合に、親族しか病室に入ることができずパートナーである自分は入れなくなってしまいます。最期を見送ることも、できなくなってしまいます。
パートナー証明書は社会的困難に対して効果がある
渋谷区のパートナーシップ証明書は、法的効果はないですが、 「人々の意識や価値観への呼びかけ」に効果が大きいと言えます。全体として性的少数者に対する差別を禁ずるよう呼びかけており、具体的には、以下のような施策が掲載されています。
(性的少数者の人権の尊重)
第四条
区は、次に掲げる事項が実現し、かつ、維持されるように、性的少数者の人権を尊重する社会を推進する。
一 性的少数者に対する社会的な偏見及び差別をなくし、性的少数者が、個人として尊重されること。
二 性的少数者が、社会的偏見及び差別意識にとらわれることなく、その個性と能力を十分に発揮し、自らの意思と責任により多様な生き方を選択できること。
三 学校教育、生涯学習その他の教育の場において、性的少数者に対する理解を深め、当事者に対する具体的な対応を行うなどの取組がされること。
四 国際社会及び国内における性的少数者に対する理解を深めるための取組を積極的に理解し、推進すること。
(事業者の責務)
第七条(要約)
3 男女の別による、又は性的少数者であることによる一切の差別を行ってはならない。
(禁止事項)
第八条(要約)
3 性別による固定的な役割分担の意識を助長し、若しくはこれを是認させる行為又は性的少数者を差別する行為をしてはならない。
第十五条
3 区長は、前項の指導を受けた関係者が当該指導に従わず、この条例の目的、趣旨に著しく反する行為を引き続き行っている場合は、推進会議の意見を聴いて、当該関係者に対して、当該行為の是正について勧告を行うことができる。
4 区長は、関係者が前項の勧告に従わないときは、関係者名その他の事項を公表することができる。
パートナーシップ証明書だけでは、「法的困難」を解決できません。よって公正証書を準備した上でパートナーシップ証明書を利用することで、「社会的困難」と「法的困難」両方をカバーすることができるのではないでしょうか。(正確には、血縁関係が求められる法的困難に関しては公正証書を使っても解決できないこともあります。)
ただし、問題点も
ただし、パートナーシップ証明書にもまだ問題点はあると言えます。
取得に費用がかかる
公正証書の作成には費用がかかります。任意後見契約が大体1名20,000円だとしても、2名で約40,000円の費用がかかりますし、準婚姻契約書も15,000〜20,000円程度の費用がかかります。パートナーシップ契約書を手にいれるために形式的にお金が必要というのは、「ストレートと同じように税金を支払っているのに、自分たちの関係を認めてもらうのにお金がかかる」ということです。「ストレートは婚姻届1枚を役所に提出すれば関係を認めてもらえる。それに対し同性カップルは関係を認めてもらうためにお金がかかる」という意味で、法的な差別はまだ残っていると言えます。
証明書をどこで手に入るかが不明確
証明書を発行する際に対応する主体は、条例案の中では以下のように記載されています。
第十一条
2 区内の公共的団体等の事業所及び事務所は、業務の遂行に当たっては、区が行うパートナーシップ証明を十分に尊重し、公平かつ適切な対応をしなければならない。(拠点施設)(要約)
第十二条 区は、男女平等と多様性を尊重する社会を推進するため、渋谷男女平等・ダイシティセンター条例(平成三年渋谷区条例第二十八号)第一条に規定する渋谷男女平等・ダイバーシティセンターをその拠点施設とする。
パートナーシップ証明書を手にいれるためには区役所に行けばいいのか、それとも「渋谷男女平等・ダイバーシティセンター」に行けばいいのか、不明確です。
また、この「誰がどのようにパートナーシップ証明に関して対応するか」ということは実は非常に重要な側面でもあります。意図せぬアウティング(周りにセクシュアリティを暴露されること)を職員が行ってしまうリスクがあるためです。対応する人は、なるべく正しいセクシュアリティに対する知識を持ち、現代の社会での視線などを考えた上で、個室で対応するなど、周りの人に同性カップルであることがわからないよう配慮する必要があります。
たとえば、企業例ですが、IBMジャパンでは同性カップルに対しても、結婚祝い金を認めています。その結婚祝い金の申請は、ストレートのカップルの場合総務などに申請をしますが、同性カップルの場合は”LGBTカウンシル”というLGBTに関する社内委員会に申請することで祝い金が支給されます。LGBTカウンシルのメンバーが申請を受け取り、処理を行うことで、申請者の社内での意図せぬアウティングを防いでいるのです。
このように、証明書に関して対応する人、対応する方法に配慮が必要になります。
総論
“区”という地方自治体が出せる条例が起こすことができる効果には限界があります。さらに、今回の議題に関しては、世間で賛否が別れることも予想されていたでしょう。その中で文句なしの完璧なパートナーシップ法の条例案を出すことは、なかなか難しいことなのではないかと考えられます。
そういう意味で今回の条例案は、様々な否定的要因がありリソースが限られる中であっても、セクシュアルマイノリティのために渋谷区なりに何か役にたてることはないだろうかと、悩み、考え、追求した条例案なのではないでしょうか。